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思考力を問う問題 [超個人的感想]

「思考力を問う問題」というお題が出された。

今までの問題は、単に覚えればどうにかなる問題だったのかも知れない。2年前、通信制の大学で単位取得のために解いた問題は、どちらかといえばその要素が強い問題であった。もしも、自分の目に写真データを保存するような機能があれば、教科書をそのようにして試験に臨めば満点になるような科目も複数あった。生徒もこんな気持ちなのかもしれないな、と思ったものである。

しかし、そんな機能は今はパソコン、膨大なデータベースの中から掘り返せば良いだけの話である。確かにそんなことを記憶することに意味があるのかと言われると、疑問を持ってしまうものもある。教科情報の学びを深めたり、アクティブラーニング型授業の話などを聞くと、そんな気持ちになってしまうときもある。

今年は、これまでの授業よりかは少し難易度が低めの生徒たちを相手にしているが、エッセンスはそのままで、本質的には変わらない授業を展開しているが、まったく本質とはかけ離れていて、やむを得ず内容はわからないがとりあえず覚えてしのごうとする努力家にもやったかいを評価できるように、気を利かせた問題も出している。でもそれは、確かにあまりその人の一部の何かになっているのか、そうでないのか。難しいことだが、それはそれで何かの役にたっているような気がしてならない。

思考力を問う問題。なかなか難しいことを言われる時代になったものである。人間らしいとはどんなことなのか、比較対象としてAIの台頭もあるので、そのへんの研究も併せて注目していきたいと思う。
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行事が持つ意味は何か [超個人的感想]

中学校のときに登山旅行で登った山を、それ以来に登った。
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天気はそれなりで、展望はまあまあ。良い山行となった。正直あまりにも過去で、どこからどのように登ったかなどは覚えていない。言われるがまま登り、言われるがまま帰ってきたというのが記憶の片隅にある程度である。

以前は、教員という職業は、数十年後にはなくなっているであろうという話が話題になっていたが、最近はその話を聞かなくなってしまった。まあ、この手の予想は変わるものなので、そういうことがあるのは良いとしても、このようないわれ方をなぜされなくなったのだろう。

今年度は生徒会顧問をしている。行事といえば、生徒会顧問の大きな仕事の1つであるから、その仕事を全うするために、早めの把握、早めの行動を心がけている。行事とはいったい何なのだろうかと感じさせられることも少なくない。生徒たちは行事をやりたい、教員は授業数確保というものもいるし、予備校じゃないのだから、いろいろ経験させた方が良いというものもいる。実に様々な意見の渦中にいるだけに、舵取りが難しい場面も多い。

行事を推進する側からすれば、行事を減らすこと自体は楽になることそのものなのでそれほど困ることではない。しかし、生徒にとっての学校生活とは何なのか、ということを考えたときに、人間はサイボーグではないので、何らかの活動をさせるべきであるという立ち位置になる。かつては強制的にさせられたことでも記憶の片隅にあり、そこが想起されてその山に登るように、何らかのきっかけになったり、行動する動機の何かになることはあるのかも知れない。

そういう意味では、学校で何らかのことを行うことが、人生を豊かにするような可能性を持っている。そのような行事であれば意味がある。ただ、今の時代は世知辛い。行事はリスクが伴うわけだから、「安全第一」の学校にとって、たくさんの生徒が登山をするということは簡単ではなくなってきているのだろうな、と一方では思う。個人的に上れよ、といわれればそれまでなのかもしれない。それを超えて何かの行事を行うということには、やりたくない人たちをねじ伏せるだけの理論と信念が必要である。

なんでもそうなのだが、最後に大切なのは理論と信念と行動力だと、行事を切り盛りしていてつくづく思う。
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教科情報が主要科目になる日は来るのか [超個人的感想]

衝撃的なニュースが入っていた。私が先日取得し、今年②年目の授業を担当している教科情報が主要科目になるという話である。

現状は、どちらかというと、社会系科目という位置づけ(社会と情報)であることも多く、位置づけも明らかに「副教科」という扱いである。それが、メインになるかもしれないという話であった。今の社会、システムエンジニア的な存在は少ない。おまけにあまり優遇されているとは言えない。せめて待遇的で優遇されるような世の中になればわざわざ主要科目にする必要もないような気もするが、大きく出たな、という印象である。

ブログラミング教育の充実を図りたいという話ではあるが、今の教科情報はどちらかというと、社会系科目という位置づけからずいぶん変わってしまうものだなあと思う。ただ、その分、プログラミングの勉強をしなければならない。分野は一気に代わって、バリバリの理系科目である。それならそれで受けて立つだけなのだが、数学の教育がそうであればまだしも、学校事情で全く理系の科目でもないような人がそれをできるのかどうかと言われると、けっこう大変だろうなあと思う。それだけでもかなりの多難。現在は多くの学校の教員採用では、情報教員としての採用はない。

どうなっていくのか。まだまだ越えなければならないハードルは高い。

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寝る暇を惜しんでいた日の記憶 [超個人的感想]

何度か寝る時間を惜しんでいたことがある。

このブログを行う前に行っていたサイトの運営。なかなか手強かったが、インターネットがあまりない時代に大きなタイトルを打ったところ、人気サイトになってしまい、収拾がつかなくなった。その頃の自分はサイトの更新のために自らの生活をかなり犠牲にしていた記憶がある。おかげさまで、そのときできた知り合いの方々とは今もつながりがある。ありがたい限りである。

部活動でも寝る時間を惜しんだことがある。惜しむというか、あまり寝ていないというのが正確な表現だったかもしれない。朝までということかよくあった。次の日の授業がかなり辛かった。生徒たちは体力の回復を図っていたのだろうが、授業をする側はそういうわけにはいかない。

それから数年が経過した。同じような生活をしたら1日後には激しいリバウンドが来てしまう。覚悟はしていたが、体力は少しずつ失われるものである。そうなったときには、経験値でカバーするしかない。今は寝る時間が長くなってきたところを見ると、その経験値が備わってきた、ということになるのだろうか。若い先生方には経験値がないわけだから、そのへんは、私の方が当然上でなければならないところだが、確かにそれはそれなりに得られたかもしれない。年功序列なのだから、若いときに苦労して、年をとったときにはそのノウハウを生かすということであってしかるべき。

ただ、正直言うと、若いときにサボった人は、全然成長がない。この差は本当に大きい。

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SNSの使い方に用心 [超個人的感想]

今年も、幅広い学力を持つ生徒層を教えている。

上は偏差値70から下は測定不能まで、さまざまだ。学校は、塾や予備校ではないのだから、成績を伸ばすためだけに存在しているわけではない。共通する話は、いくらでもある。それがSNSの脅威である。この項については話すことは同じだ。

校内の問題行動が、かつての喫煙・飲酒はすっかり話題にのぼる割合が減り、代わって出てきたのがSNSである。この内容については、教科情報で扱われることが多いが(高校で必修)、そのほかにも、様々なチャンネルで取り扱わなければ、問題行動が減っていかない。

スマホの利用禁止は、校外も含めて禁止という学校もあるようだが、なかなか時代的には難しいだろう。勤務校では以前の生徒会顧問の際、強引にスマホの利用を解禁するように生徒会から働きかけ、解禁となり、現在まで続いている。校内での利用の方法については、さまざまな行動があり、制限した方が良いのではないかという意見も出てきている。自主的に制限するクラスもある。スマホを使わないように集めるクラスの携帯電話の箱にあるスマホの総額は数百万に上る。集めるその光景は壮観である。主に、試験で携帯電話が鳴ったら「全科目0点,3日間の停学」というルールに対応したものである。他校もそれなりに厳しいルールをしいている。これが厳しいというわけでもなさそうである。

センター試験でもテスト中の使い方については細心の注意が払われている。SNSを使ってのカンニングの不安など、便利な反面、課題も出てきているこの存在が校内で与える影響によって、対応を迫られ、モラルを高める教育をする必要があって、必修科目に落とし込むほどになるほどというのもすごい時代といえよう。SNSでのいざこざがなくなるような時代は来るのだろうか。現状、想像がつかない。
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