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センターと記述の歴然とした差 [進路指導]

今日も、勉強は続く。ここ数年はセンター試験対策がメインだったので、あまり記述式の勉強をしていなかったが、解答の方針が書かれていないわけで、考えるのに相当な労力がいる。

当たり前のことだが、解答を1からすべて書くのは非常なエネルギーが必要だ。センター型の問題であれば、途中の計算があっているかどうかの確認を回答欄の形を持って推測することができるが、それがない。複雑な数字になったとしても、それが正解しているという保証はない。

ただ、センター型の問題を来る日も来る日もを大量にやったことは、このような問題がよく出るということがわかるようになるという意味では有効だったかも知れない。ただ、流れに乗って頭の中を空っぽにしている人にとっては、得られるものは少ないだろう。

この冬休みは、あくまでも記述、あくまでも論証ということをベースにもって学ぶことの必要性を痛感する毎日を送っている。さすがに年齢もあるので、どうも計算の雑さが目につくこともあるので、日々の取り組み方を反省しきりである。

問題を解くに当たっては、基本的なフレームは見えているが、細かいところでの論理的なことがやや不明瞭になることがあるが、指導者は指導者の指導者が簡単にいるわけではないことが多いだろう。まさしく、「自分で学ぶことができるセンス」が求められる。大学で学んだスキルを生かして自分でできるようになることが大切である。「大学で羽目を外して遊んでばかりだった」と豪語する先生はいったいどのように、指導者になってから不明なことを学んでいるのであろうか?ちゃんとやってくれれば、何の問題もないのだが。余計な心配であることを祈る。

さて、さすがに大晦日ということもあったので学習時間を通常の3分の2に落とした。素敵なことに学校には人がいる。恒例の遠征に行く人たちもいるようだ。勝ちたいのはわかるが、無理せずやってもらいたいものである。私も出来るようになりたいから勉強しているわけだから、人のことは言えないが。私の方は問題を解いているだけなので、空間の制約がなく、万が一倒れても校内には人が0になることはないので、発見者がいてくれるので助かる。

それでは皆さん良いお年を。今年も1年間お世話になりました。いい夢見て、新しい1年に進みましょう。
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