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大学入試攻略数学問題集 (河合塾シリーズ) [教科(数学)指導者として]

河合塾の年度出ている問題集を購入して、問題をセレクトしながら解いている。

入試問題のトレンドを知るための1つとして購入しているわけだが、時代の変遷を知る1つの手がかりになると思い、10年分くらいにはなっただろうか。

やって思うことが、高校1年生~2年生までにどこまでの解法パターンを自分のものにしているのかが入試レベルでも非常に重要なのがよくわかる、という当たり前のことであった。

この問題集をやって感じていることは、いかに入試問題が、すでに青チャート、4STEPレベル程度の問題の焼き直しになっているか、それだけでかなり多くの国公立大学やそれなりの次第に入ることができるかどうかを分けているのか、ということである。

そこから入試レベルということだが、正直、それらの問題集レベルの問題の数値が変わる程度でもそれなりに成績が分布する大学がけっこう多いのだろうな、と感じるところである。もちろん、本当に数値変えだけの大学が掲載されることはないだろう。ただ、本質的に同様の問題が言い方を変えて出てくるだけであることに気がつけば、大差ない問題は少なくないんだな、と実感できる。

指導者は、この手の問題集の代表格である「数研出版の入試問題集」もいいと思いつつ、問題数がそれなりに絞られているこの問題集を解くことで、毎年の出題傾向というか難易度についての空気を感じるのも良いのかな、と思う。


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組織の自己修正能力 [勤務校関連]

教員が生徒に有りがたい話をするのはある意味「当たり前」である。まあ、きれいごとと言われようが、お前にいわれたくないよと言われようが、一つの「模範的形」を表現することは、大人の責務である。

しかし、生徒が生徒に有りがたい話をするのは、そうしなければならないというわけでもない。それだけに、受け入れる生徒の中にも、話をする生徒の中にも残るものがある。

学校の中にはさまざまな組織があるわけだが、いい組織には自己修正能力がある。いいものを作りたければ、悪いことをしたらダメだと言ってくれる人間の存在、いいことを言ってくれれば、いいと言ってくれる人の存在が仲間の中に存在しているということ。

これは、まさしく学校社会だからこその出来事である。こういう力をアクティブラーニングで使いたいということなのかもしれない、と最近思う。これをインターネット空間の中で期待するのは難しいと思う。学校の存在価値はここにあるのかもしれない。

その前には大人や教員の言葉は、はるかに効果が薄い。横のつながりをうまく作ることは、その子の爆発的な成長にとって非常に大切なことだと思う。
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立ち会い演説会に思う [勤務校関連]

生徒会顧問にとって、大きな節目になる行事は生徒会の代替わりである。

ここで良い生徒に役職を担ってもらえれば、任期の生徒会の動きがスムーズに行く可能性が高くなる。

立候補者は立ち会い演説会に臨んだ。中学時に生徒会執行部であった生徒が多いとも聞いているが、中学時には立ち会い演説会がなかったと答える生徒ばかりだった。応援者と立候補者がスピーチする、昔ながらのスタイルである。

しかし、聴衆の意識が変わってきつつあるのかもしれない。インターネットをはじめとするメディアの影響なのかもしれないと思った。感じるのは、いかにして面白い様子をうかがい知れるかをつぶさに観察しているかということなのかもしれない。これは、うちの学校が特別なのではないことなのだろうなあと感じるところでもあった。隙を見せたら叩かれる、話しては叩かれないように、聞き手は面白いネタを探すように、そのような関係が、確立しているように感じてしまった。

大人の社会もそのような対応で満ちている。何かあれば叩かれる、結果無難な方向に、それが何となく面白くないと思うからネタを探して叩かれる。そんな感じで今の世界は回っているのかもしれないな。

無難な原稿、無難な演説、無難な方向へ。叩かれても何も感じない人間だけが我が道をいけるということなのかな。
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愛チャリ [超個人的感想]

大学時代に、東北を長く自転車旅行したことがあった。

新潟から山形、そして宮城県に。たかだか10日から足らずの旅だったが、それなりの楽しさがあった。教員になっても、今度は北海道でそれなりの距離を楽しんでいたが、さすがにずっとそうもいっていられなくなった。

自転車が数台あるので、自分の生活区域のところに1台ずつ、自転車を置いてあり、ときどき自転車を乗る環境だけは整えている。ただ、数年前、自転車で接触事故を起こしてからというもの、少し事故の不安を持つようになってから疎遠になってきた。環境に優しい自転車のニーズは今後も高くなるのかなと思いながら、台数が増えると事故が大丈夫かなという心配が募る。

昨日は誕生日であったが、誕生日が嬉しいという年齢でもなくなってきた。少しずつ、できることができなくなるという残念な話が出てくる。自転車をバンバン乗れなくなったのも、そういうことの1つではある。冬になれば、外ではなかなか楽しみにくくなる。自転車を楽しもうと思ってはいるが、安全に気を付ける基本的な対策はしなければならないようだ。
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数学と情報は近い位置にある [勤務校関連]

今年から情報の授業を一部担当している。

こういう人間なので、「数学を教えてほしい」というニーズが圧倒的なのだが、単位数が小さな科目があったり、非常勤の先生を減らしたいと言う事になれば、学校内部の人間が授業を行った方が授業のコマ組みがたやすい。その間隙をぬって担当出来たのであった。

現在のカリキュラムで教科情報の中で必修になっているのは、「社会と情報」という比較的文系の科目と、「情報の科学」という比較的理系の科目である。私は、理系なわけだから、情報の科学の方が相性が良いはずだが、多くの学校は「社会と情報」を行っているように思う。

次の学習指導要領では、どちらかと言えば、理系的な科目に近くなるようだ。

最近発売された『ドラクエ11』と、30年前に発売された『ドラクエ1』。30年でICT環境はこのくらいの進歩がなされた。一般の方々は、私も免許を取得する時にイメージしていたように、「情報の授業=ワードエクセルパワーポイント」だと思っているのではないだろうか。しかし、世の中がドラクエの進歩と同様な変化が起こったら、この技術も過去の遺産になってしまう可能性は極めて高い。という事は、今ある技術を単に取得することは、究極的にはほとんど意味がないかもしれない。今ここで何を教えても、30年後に同様のスケールの変化が起こったら、活かせることは限られている。より必要なものは、基本的な学力、パソコンを動かしている仕組みなどのより抽象的な概念である。そういう流れに即応したいと思えば、プログラミングに進んでいくんだろうな、と思う。

世の中の人たちはまたこれで苦労する事になるのだろうが、結局は基礎学力というか、「物を考えられるか」という話に収れんしていくのだと思う。数学が苦手な人たちがこれだけ多いのかで、プログラミングができるという人が一体どのくらいいるか、という意味において、かなりの疑問を持つところではある。しかし、これからの情報化の時代には、コンピュータの中のしくみを知る必要性が年々必要になってきているという意味で、必要なジャンルになっていくのかな、というのが私の感想である。

ただ、数学という学問が好きな私にとっては、学問しての数学が広く認知されてほしいという願いがある一方で、実学にシフトしてきている中でプログラミングという話なのだとすると、少しさみしい気もする。
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