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データの整理 [超個人的感想]

ここ数年片付けをしているが、見ている限りかなり整理は進んだ。せっかくなので、周りのいろいろな環境を整理している。

身の回りの整理が進んだところで、ついに着手しなければならないと感じているのは、データの整理である。このデータがとてつもなく大きい。気が遠くなるレベルである。それで手をつけていなかった。

しかし、物理的な片付けで得たノウハウを生かして、片付けを初めてみたいと思う。

データの最も数の大きいのは、写真だ。写真の方は、なぜか同じようなファイルがあちこちに分散している。これをすべてさばくだけでも膨大な時間がかかりそうだ。試しにフリーソフトを探してみたところ、いろいろあることがわかった。

まずは表面的なというか事務的にデータを消してから、その上で思い出として使えるものだけ残すことにしたい。ついに片付けもここまで来たか。いつかやらなければならないと思っていただけに、感慨に浸っている。
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調整役の日々 [超個人的感想]

職場では調整役の日々を送っている。最近特にあるのが、年寄りと若者の意見の違いの調整である。

年寄りのうんちくが長い。本人たちはよかれと思っているので悪気はない。
対する聞く側は、同じことの繰り返しであることが多いのでうんざりのようである。

まず心がけなければならないことは、長い話でも聞くことである。みんなに対して長い話をしないように、こちらで個人的に機器に聞くことにしている。時間はかかるが、それが一番手っ取り早い。

次に、聞く側に聞き取りをして何の話が嫌か、の聞き取りをする。どの程度どのような話が嫌かを聞き取る。当然その話がメインだとだめである。なんかのついでに聞くふりをして聞くことにしている。

次にうんざりと思っているようだという話をやんわりと話する。ここが一番難易度が高いが、普段話を聞いていれば、どうにかなるのかもしれない。不愉快だと思われても、この話はしなければならない。結局それもまた本人のためである。

ここまでしたら少しどうにかなる・・・と願っているがどうなのだろう。まあ、お互いがいい形で収まることを信じて、実に粘り強く話を展開しているのである。中間管理職的な位置ということはこういうことなのか?と思ったりもする。年をとるとやることが増えるものなのだな・・・。
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プリンター考察 [超個人的感想]

私は出さないが、世間は年賀状を出す季節になった。今年苦労したことの一つは片付けだったので、特に片付けに手こずったプリンターについて考えみたい。

新しいパソコンを家電量販店で購入する場合、年末商戦と重なっている場合には、プリンターをセットで買う場合も多いかもしれない。その場合には、特に年賀状ソフトを購入し、プリンターを合わせて購入するというケースが多いかもしれない。

ただし、会社員の場合には、家でプリンターを使うことはそれほどあるのだろうか?

もしもないのであれば、年賀状をプリンターで作成することはあまり経済効果が高いとは思えない。

少なくとも、生徒会会で使っているプリンターは、大変残念ながら使い方が悪いことも相まって、すぐ壊れてしまうように見える。加えて、インクのランニングコストが異様に高い。さらに、場所もとるので、私の片付けの対象の1つになってしまった。

そうこうしているうちに当時の生徒会顧問が放置しておいた壊れたかもしれないプリンターの後継機は増えていき、結果、台数が4台となってしまい管理ができない状態となっていた。そのプリンターのインクを補充すれば使えるのかと思いきや、ネットで調べてみると「インク製造が中止されている」という悲しい話も出てきて、事実上、見た目は新しそうに見えるが使うことができそうにない。パソコンの回転も速いが、併せてプリンターの回転も速い。気がついたらインクが製造中止になるということも多い。管理するのが面倒くさい当時の顧問が買い換えてしまったのかもしれないなと思いながら、整理の必要性に頭を抱えているのである。生徒会のお金は有効に使わなければならない。

結論的にいうが、1年に数回しか使わないかつ年賀状でしか使わないのであれば、居住空間をきれいにするという意味も込めて、プリンターは買わずに、年賀状作成会社に委託することを勧めたい。その方が確実で、手間もとらない。無駄な空間を使わないですむことから、費用対効果が高い人は多いのではなかろうか。

プリンターをどのくらい使うかによるが、それほど使わないのであれば、その方が間違いなく良いと思う。片付けをしている者の実感である。
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努力できるか? [超個人的感想]

センター試験後継の試験の話がちらほら出てきている。

高校時代にセンター試験を受けた世代からすると、いよいよ変化する時代が来たのか、という思いになる。
この国も1つの大きな変化の時期にさしかかっているんだろうな、と感じている。

人間は変化を好まない生き物である。変化に対応することは容易なことではない。当然、変化すること自体に難色を示す人も少なくない。それをはねのけ実施するとなれば反対の人たちもその気持ちを表すに違いない。その改革が正しいかどうかは別にして、時期が近づいてきたらなおさらのことそのような話が出てくるに違いない。

このために先行的に努力する人たちがいるだろう。出張に行ったり、本を買いあさったり、様々なやり方を用いて努力していく。結局その差がどのような形でこれからに反映されていくのかはわからないが、この積み上げが加わっていけば、教師としての基本的な持っているものが変わってくることになるだろう。

なんの世界でも同じだが、1つの変化に対して、前向きに受け止めるのか、後ろ向きなのかで世の中の風景は違ってくる。

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「例年通り」 [超個人的感想]

言うまでもないが、教員の仕事は授業ばかりではない。

最近は、校内の片付け、片付けのための設計図面作成、合宿の引率など、多岐にわたる仕事をしていた。やり出したらきりがない、膨大な仕事だ。それで少し更新が滞ってしまった。その際に思うことを書いてみよう。

雑用をしながら思ったことは、教員の仕事は「例年通り」の仕事が多い、ということである。したがって、例年通りの仕事をしていさえすれば、批判されることはないということである。したがって、ここ1ヶ月で取り組んできた進歩的な雑用の仕事は、ここ10年ほどしていなかったことであり、たまたまそこに居合わせた私が整理したということに過ぎない。

教員の仕事は基本的には同じことの繰り返しである。1年に1度、同じ単元に触れて、同じような授業をすれば批判されることはまずない。もちろん、そうでない人もたくさんいるが最小限で言えば、「例年通り」で成立する。クリエイティブな仕事と言われると、よほどの意欲がないと新しいことに挑戦することは難しい。そういう気概を持っている人は、変化を望まない人間に見事につぶされるしまうのだろう。でも、一部の人間はそれに果敢に挑戦して、変化を実現していく。でも、それは面倒くさい。面倒くさいからと言ってやらないと滞ってしまう。難しいところに挑戦するというのが私の役どころらしい。そして、別の担当者に替わったら、私の替えたところにまたあぐらをかいて例年通り進んでいく。まあ、そんなところか。

最近、他校のいろいろな先生と話をしながらふと思ったこと。他の業界と比較すると、変化を望まないという意味において、学校という社会は保守的ど真ん中なのだろうな、と思う。


進歩的な仕事をしようとする人は、この仕事には向いていないのかもしれない。

私は私で今やっている仕事で歴史的快挙?を達成しまくっている?らしい。今日も開校始まって以来の快挙を成し遂げてしまった。
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生徒会執行部、後期の活動へ [超個人的感想]

今年度は生徒会の顧問をしている。他校との生徒会執行部の交流と成長を目指した合宿を企画してくれる場所があり、大変感謝している。

生徒会は、ほとんどどこの学校にも存在し、それぞれがそれぞれの進化を遂げている。放置しておくと、独自性が進むとガラパゴス化してしまう。もっと効率的な、効果的な方法はないのかということで考えるにしても、比較するものがなくなってしまう。そのようなことにならないように、生徒会が時々どこかに出かけ、交流を行うことは意義あることである。

一方で、生徒会の生徒が立候補する生徒が少ないことが悩みの種である。生徒会が開かれたものになり、楽しいと思わないと、生徒会活動自体がやる生徒が居なくなり、結果活動が停滞する。生徒会活動をしてくれる人自体が少なくなっていることもあるので、そういう意味でも、楽しいことがあるという思いになってしまわないと厳しい時代になってきたものだなと思う。何でも『楽しい』と思うような仕掛けが今は大切なようだ。

勉強しかり、部活動しかり、生徒会しかりである。
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「自分で考えろ」がより鮮明に [超個人的感想]

録画していた番組を見た。NHKスペシャル「ホームラン新伝説~“怪物球児”ドラフトへ~」という番組で3人の高校生がどのような境遇で野球に取り組んでいるのかという番組であった。その番組の切り口の中に、彼らがどのような育ち方をしてここにいたったのかということが含まれていて、非常に興味深かった。

大きなテーマが表題の通りだったように思う。番組を制作する側は、当然大人の目線なので、形から入る従来のやり方が変わっていたことに少なからず驚きをもって報じた。

そう、その違和感は、現場の教員も同じだ。

従来のものを教える、ものを学ぶでは、うまくいかないことがでてきた。これまでは、どちらかといえば、上と下の関係で学ぶということを行ってきた。指導者イコール上、生徒イコール下。そこでこういう場合にはこうしろというスタイルである。しかし、時代は変わり、横のつながりで考えるというか、違いをもって成長を促すということで英才教育をしていくというのが、どうも一つのスタイルとして確立してきているらしい。もちろん、相変わらずの指導者もいるが、横のスタイルで学んでいきましょうというスタイルの教育の番組をみることに、違和感を持つ教員は年齢が高いほど多いように思う。

かといって、有能な指導者の中でも、相変わらず形から入っている場合もある。
形から入って、そこから自由を学ばせるのも一つの方法。しかし、「枠にはめてしまうと、考えない人間が育ってしまう」ということであった。それは言える。最初から形にとらわれずに育てていって、そこから枠にはまらないように育てるのも一つの方法ということも紹介されていた。

どちらがいいのかは正直よくわからなかったが、ある程度上を目指させるとしたら、枠にあてはめないというやり方があるということを知った。例えば、目標になる人を決めてしまうと、その人以上になるような成長は見込めない、ということらしい。

形にあてはめて指導するのはある意味易しい。それぞれに合わせて指導するほうが難しい。「教師がそういったから」と指導者に責任を押し付ける方が生徒にとってもやりやすい。そうして世の中の優等生は評価されてきた。案外、優等生と言われる生徒たちは自分で考えられない生徒が多い。そういう生徒にとっても、「自分で考えろ」といわれるのは、要求が高いと感じることだろう。考えさせる指導というのは、逆の言い方をすれば、だめなら自己責任を厳しく問うことになる。

また、何かを強制することで、生徒の個性をつぶしてしまうということは、今の社会ではよく思われてはいない。指導者も熱くなりすぎて生徒に過剰に当たることが問題だといわれることもある。思いが過剰すぎて空回りすることもあるかもしれない。指導者と生徒との距離感が適切であることが大切なのだろう。熱すぎるのは時代と逆行してしまう。むしろ穏やかに、自己責任を問うことを積み重ねていくという指導になっていくのかもしれない。そういう意味では熱血指導はもう古いのか。いずれにしても、示唆に富んでいる内容だった。


この番組を見てからしばらくこのことについて自問自答していた。時代は人間がAIにとってかわられるかもしれないという話題が出ているくらいだ。「自分で考えられない」人間が、この世の中では淘汰されるのだとしたら、生徒時代に自分で考えることを放棄し続け、「言われたことしかできない」人間に出来上がってしまったときには、究極の自己責任を負わされる(コンピュータ以下の存在価値しかないと言われてしまう)世代なのかもしれない。

そう考えたら、今の生徒たちは、結構大変だ。
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チャンネルごと録画ビデオで生活が変わる [超個人的感想]

チャンネルごと録画してしばらくは見られるデッキを買ってみた。すると、あらかじめ録画しなくても困らなくなった。それまでは気合いを入れて番組表を見て、整理していった。

ところが、今度はその必要がない。ないといっても、それまでの習慣は保っているが、今度からは、番組が放映されたあとに良いと評価された番組を見ることができるようになった。するとテレビ依存度が上がる。

テレビ世代の私からいわせても、最近のテレビ番組のクオリティーは下がっているが、なんだかんだいってみてしまう、このデッキは悪魔の機械かもしれない・・・。

とはいえ、やっぱり便利だわ、これ。
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表現したいことがあるかどうか [超個人的感想]

情報の授業でプレゼンテーションをすることになった。生徒たちはある程度の枠組みの中で自分を表現しなければならない。

技術から入っている私からすると、実はこれが一番難しいかもしれない。自分の何を表現したいのか、何を言いたいのかということは簡単に教えられるものではないからだ。手法は教えることはできても、自分とはどんな存在なのかを教えるということは簡単ではない。

近いジャンルは芸術の授業の中にある。特に美術や図画工作のようなものである。この形を作れということであれば、真似すれば良いが、自分で考えて作れといわれると、なかなか簡単ではない。要するに自分に表現することがない者にとっては、これ以上辛い時間はない、ということなのだろう。

基本的な技術はある、基本的なノウハウはある、次の段階として、自分は何を伝えたいのかということがある人なのか、ない人なのか。案外偏差値が高い人に限って、表現したいことがない場合も多い。言われたことを実行する能力は高くても、何か道を切り開く主張のようなものが弱い。どこかのタイミングでその力が備わることもあるだろう。そこに期待しながらまずは形からということで、まずはプレゼンテーションの1つの形を提供する授業を展開した。

与えられたことを再現することだけではない、自らがどう表現していくのか。その表現する題材があるのかないのかによって、これからの人生の切り拓き方が変わってくるような気もしている。こういう分野になると大きな可能性を見せる生徒もいる。人間って奥深い存在だと思う。
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部活動と勉強のバランスをどこに置くか [超個人的感想]

「進研ゼミ」のキャッチコピーではないが、世の中の高校生は、勉強と部活動の両立を求めていることが多い。

勉強ばかりでは、高校生として充実感がないということなのだろうし、人間としてのバランスが良くないということなのか、ニーズは高い。

端で見て思うのは、結局は勉強と部活動のバランスなのだろうと思うのだが、そのバランスをどこに置くのか、とても難しい問題だと思う。

部活動はあくまでも任意で行うものなので、ある意味選択の余地が大きい。勉強は自分の好きな分野に力点を置くことはあっても、あまり好きで勉強する場合はないだろうから、どうしても部活動に力を入れたくなる。

そこに、部活動をこよなく愛する顧問がつけば、やり方ことに夢中になるということへの歯止めがかからなくなる。結果、勉強がおろそかになり、進路実現する可能性は低くなる。それでもいいということもあると言えばあるのだが、数年後に同じような心境で振り返ることができるのか、そこのデータは高校には少ない。

学校には、「部活動は何時から何時まで」いうのがあるのが普通だが、そのへんについての取り決めなり、考え方なりというのは、顧問の裁量も大きい。顧問の先生方が勉強そっちのけで、進路実現のために協力をするのかしないのか、というのは勉強と部活動のバランスを決める上で大きな要因となるのだ。

その際どうしても、顧問の考え方の大きなよりどころになるのは、たぶんその先生がどのような高校生活を送ってきたのかということになってくるのだと思う。歴史は繰り返す。教育現場はそう簡単には変わらない。それが一番大きい。

部活動で充実した学校生活を送るためには、その先生方の考え方が大きく影響すること、本人が学校生活の充実の度合いをどこに置くか、勉強とのバランスをどこに置くかで決まってくるところを総合的に判断することが求められていることを痛切に感じている。
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コーヒーを落とす [超個人的感想]

数学の恩師は、あんパンを軽い昼食にしていた。なんとなく印象に残っている。

頭を動かし続けるためには、糖分が大事だな、と、ここ数年の体調不良で感じたことであった。併せて、少し難しい問題に取り組む際に、糖分が足りなくて力が出ず、結果としてパフォーマンスに影響が出るということがあった。そのこともあってか、なんとなく、生活の見直しの必要性も感じている。

あわせて、ここ数年で取り組んできた片付けをしていて大量に出てきたのが、修学旅行で訪問したときに大量に買ったベトナムコーヒーであった。折角だから試しに飲んでみようと思い、飲み始めたらすっかりはまってしまった。落として飲むという行為によって、意外とおいしいコーヒーができるのだ、ということを学習してしまった。お店屋さんに行って購入するものはだんだん同じ値段でも量が減ってきているし。

結果、私の中で財布に優しい文化が一つ形成された。この応用編として、玄米を食べるなども少しずつ行ってみている。体を大切にすることは結果として自分に返ってくる。ムリは禁物という年齢にさしかかってきている。
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命の洗濯 [超個人的感想]

つかの間のひとときを使い、紅葉を見に行った。仕事ばかりでそれが生活の一部という状態でいると、こういうこともできなかったが、いつからは気晴らしができるようになったのは良かった。旅に出たり、山に登ったりというのは、自分の引き出しができるのでいいことだと思う。

たまにはこういう生活もいいものだ。歩く距離がどんどん伸びていて、気がついたら、20キロ以上歩くことが増えてきている。来年もこの生活ができるよう、冬もトレーニングだな。そういう刺激を得られる機会も大事にするようにしたい。

加えて言えば、どうやら、無趣味の人は、あんまり生徒受けしないということもあるようなので。何かにコアな人の方が会話が進むという側面にも最近気がついた。

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愛チャリ [超個人的感想]

大学時代に、東北を長く自転車旅行したことがあった。

新潟から山形、そして宮城県に。たかだか10日から足らずの旅だったが、それなりの楽しさがあった。教員になっても、今度は北海道でそれなりの距離を楽しんでいたが、さすがにずっとそうもいっていられなくなった。

自転車が数台あるので、自分の生活区域のところに1台ずつ、自転車を置いてあり、ときどき自転車を乗る環境だけは整えている。ただ、数年前、自転車で接触事故を起こしてからというもの、少し事故の不安を持つようになってから疎遠になってきた。環境に優しい自転車のニーズは今後も高くなるのかなと思いながら、台数が増えると事故が大丈夫かなという心配が募る。

昨日は誕生日であったが、誕生日が嬉しいという年齢でもなくなってきた。少しずつ、できることができなくなるという残念な話が出てくる。自転車をバンバン乗れなくなったのも、そういうことの1つではある。冬になれば、外ではなかなか楽しみにくくなる。自転車を楽しもうと思ってはいるが、安全に気を付ける基本的な対策はしなければならないようだ。
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yahooオークション [超個人的感想]

昨年度から今年度にかけて、かなりの荷物の整理を行った。整理と言うのは一生続くものなのだとは思うが・・・。

基本は捨てるということだが、使える物もまだまだ多く、世の中の他の人で必要とされるであろう人に使ってもらおうという意味合いで、オークションに出してみることにした。

最初はやり方があまりよくわかっていなかったこともあり、価格の適正さに書いていた所があったものの、世の中の人たちの必要性がわかってきたこともあり、それなりの金額で落札してもらえるようになってきた気がする。

言うまでもなく、働きながら、オークションで私物を出すとなれば、本務に影響が出ないようにしなければならないので、出す者の数はほどほどにして、少しずつ出す。この管理が上手くいけば、私にとっての必要な荷物はほどほどの量になるはずである。

最近、落札してもらえればラッキーという物を出し続けて、半年出し続けていたら、ついに落札者が現れた。世の中にはあるタイミングで見てくれる方が見てくれれば、引き取ってくれるのだなあと思った。荷物の整理の中で中古店も歩いたが、レアもので一年に一度見てくれるかどうかでもヒットするとそれなりの額になると推定されるものは、オークションでおおらかに落札者を待つということが有効だという事を学んだ。

オークションサイトの物流をよくよく見ていると、大手の中古屋さんはその方法で成果を上げていると思ったのでまねしてみたというだけの話なのだが・・・。
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北根室ランチウエイの思い出 [超個人的感想]

夏休み中の1番の挑戦は北根室ランチウエイを完歩したことであった。

時々メディアでも取り上げられている北根室ランチウエイを歩こうとなんとなく決めたのは今年の冬のことだった。図書館で借りた本に書かれていたことがきっかけで、新聞記事をみて思いを強くしたように思う。ホームページがあるのでコースはこちらを参照してもらいたい。
http://kiraway.net/

そこからトレーニングを限りある時間を見つけて走っていた。どうやら、モデルケースでは2泊3日を想定しているようなのだが、せっかくなので1泊2日で歩ききってみることを考えてみた。全長71キロのコースを6ステージに分割してあって、2ステージずつ3日で終了という台本を、3ステージずつ2日で終了とすることにしてみた。

6という数字は約数が多いので設定がしやすい。

スタート地点を中標津交通センターそばの駐車場として(それなりに止められる車の台数は多かった)、そこから歩くことに。

しかし、ここが1番のポイントだったが、ルートがなかなかわかりにくかった。どこの場所をどのように行くのか、地図をしっかりと印刷して、確認しながら進めるのだが、どのルートが正しいのかを把握するのが難しかったと思う。おそらく、運営されている方々もその辺は苦労されているのではないか。素敵な道しるべがいたるところにあるのが嬉しい。外国の方が歩いてもいいように、極力日本語は排除してデザインで勝負している標識なのだろうな、と思った。
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そこで地味に満ち迷いをしながら、町を離れていく。離れていけば、道は単純になるので、間違えようがないようになる。正確にこのルートを歩くのが1番難しいかもしれないと思った。道を作ってくださった方々に感謝しつつも、正確な道をそのままトレースすることはできなかった。あまりこだわりすぎずに、目の前に現れた道を歩くというのがいいのではないかな、と思う。ともかく、運営の方々が数十キロにも及ぶ道を整えてくださっているのには頭が下がった。
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1日目でつらかったことは、開陽台までの道のりと、アブの大群。特にアブの大群は、それなりに天気が良くなれば出てくる。天気が悪い方が良かったと思うくらいひどかった。この時期の虫への対策は本当にしっかりした方が良い。延べ数十万匹のアブがずっとつきまとっていた。もはや刺されること前提。ダメージが少なくなることばかり考え、後半は嫌気がさした。まあ、これも大自然と戯れているとあることだからと言い聞かせて、歩き通した。

あまり考えずに歩き始めて、いけるところまで行こうと思っていたが、第3ステージ終了時の養老牛温泉でギブアップ。たまたまそこにある宿泊施設の宿に空きがあったので、お金がかからない旅を考えていたが、ここは確実に完歩できることを考え、泊まることにした。

養老牛温泉は、その手の客もそれなりにいるだろうから、そこも踏まえた動きが可能である。とにかく温泉に入りまくって、体力の回復、服の洗濯、携帯電話の充電、水の補給、せっかく泊まるのでありとあらゆる準備をして1日を終えた。

2日目は、朝早い段階から宿を出た。朝早い方が、涼しいのでアブの大群に悩まされる時間が少なくてすむ。宿には朝早く出るからと話しておいたので、皆さん寝静まっている間に出てきてしまった。せっかくだから朝風呂に入ってきた。お金は前払いで払っておいたので問題なかろう。
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大きなチェックポイントから進む道が比較的迷いやすい。開始早々見事に迷い、行ったり来たりして、気がつけばかなり迂回してしまった。それを抜けると、比較的一本道に出る。第4ステージは長いロード。途中からまたアブの大群との戦いになった。アブを払っている時間が非常に長い。2時間近くアブを払っていると、摩周湖周辺の登山口に突入した。ここから天気が急変し、気温が15度程度になり、アブの大群が去った。

涼しくてアブがいない方が快適。様々な天候に対応できるように、荷物は温かいものも油断なく持参しておかないといけない。私自身は、元々はこちらの地方の人間なので、そのへんの想定は外してはいない。羽織る服を着て、トレッキングエリアに突入した。すでにスタートから60キロ以上歩いていた。ここで登山があるのが、この旅で体力的に1番きついところだったと思う。この旅の事前に登山をたくさんしておいて良かった。時間がかかっても、しっかりとゴールに向かって進むことができた。天気が悪くなったので、さすがに見ることができないかと思っていたが、霧の摩周湖。霧に包まれる道のりを進んだ。

ただ、第5ステージのクライマックスである摩周湖も時々顔をのぞかせ、見ることができた。
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第6ステージが終わってから車に戻るためには、ゴール地点のJR美留和駅から標茶駅に出て、そこからバスで中標津交通センターに戻らなければならない。時間が決まっているので、道を急いだ。歩いて進むことを決めていたが、仕方がないので途中少し走ることになった。第6ステージは摩周湖第1展望台から走って駅に移動して滑り込みセーフ。あまりゆとりがなかったが、どうにか行程を終え、中標津交通センターに戻り、無事、車中泊をすることができたのであった。

移動の際に地元の方にお話を伺ったが、地元ではこの取り組みのことはほとんど知られていて、それに対して、協力してくださる方がどれだけ出るかという段階のようであった。そこにはいろいろな方の生活もあるわけで、可能な限りの協力をいただくということで成立している面が大きい。地元の経済に貢献できるようなものになるまでになるのはまだまだ難しいのかなとは思ったが、この場所を知ってもらうという意味では意義はあると思う。いい場所になることにこれからも応援したい。

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気がつけば、道迷いしたこと、落とし物をしたことを含めて、2日間で歩いた距離は85キロを超えていた。71キロちょうどと思ってこのコースは歩かない方が良さそうだ。道もときどき変わるようなので、その辺も含めておおらかにこの道を楽しみたい。
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1人の時間 [超個人的感想]

夏休みが終わってしまう。

夏休み中には普段できないことをした。天気が悪くなかなかできなかったが、比較的長いウォーキングだったり、ハイキングだったり、登山だったりした。

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前半は進学講習、途中出張でかなり離れた場所に出かけた。戻ってきて、かねてから予定していた旅に出かけ、ついでに帰省したのであった。1人の時間は大事なもので、考えることに集中できると、リフレッシュも含めて新しい思考につながっていくものである。こうした1人でじっくり考える時間があるかどうかが、ステップアップには必要だと考えている。

気がつけば、去年から始めた登山が徐々にレベルアップした結果、このようなところに行くに至ってしまった。非日常の日々はしばらく保留。短い夏が終わり、秋、そして冬に向かっていく。
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キャリア教育の理屈と現実 [超個人的感想]

最近は、教員の職場環境についての話が少しずつネットに上がってくるようになってきた。

私も人のことは言えないと思っていたものだが、大学から入りたての人たちは私たちの世代とはまた感覚が違うようで、いろいろな形での考え方の違いが出てくることが増えた。

今の子たちは、流行の働くと言うことはどういうことなのかと言うことを、多少とは言え学んでいるので、そのへんの考え方がシビアなのかもしれない。もっとも、これは高校の現場とて同様であり、キャリア教育をやって当たり前という今だから特に目立つ。自分で価値基準を教えていて、場合によっては自分がその価値観から外れているのだから、どうしようもない。

結果、学校の活動自体を「ブラック企業のようである」という表現を使いながら評価するのである。それもまた滑稽。しかし、それ活動を強要していて、「それもまた人生」という方なのだから、教師の立ち位置も難しいし、生徒の受け止め方も難しいと言える。

まあ、とは言っても、そうしているうちに少しずつ社会は変容していくのだろう。例えば、かつてのような「生徒のために」という伝家の宝刀があれば、教師は動かないはずがないというのは幻想になりつつある。管理職は何かと「生徒のためだから」という言葉を多用しながら仕事をやんわりと強要する管理職に「他に言うことはないのかね?」と思うほどである。しかし、お金が絡まないと生徒のためだろうが何だろうが、ぴくりとも動かない人たちが確実に増えてきているのだろう。どちらが正しいのかはわからない。しかし、時代の流れは明らかに後者優位に動いている。
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3ヶ月が過ぎようとしている「例の授業」 [超個人的感想]

アクティブラーニング型授業を行って3ヶ月がたった。慣れない授業形態だが、我ながらよくやっている。

うまく教材研究に時間がかからないようにという話もあるので、そこも考えて授業しているが、部活動の大会でいなくなる生徒たちもいて、なかなか思い通りには進まない時期が長かった。

3ヶ月たつと、うまくいったケースとそうでないケースが出てくるので、やってみないとわからないものだ、という話にもなる。勤務校の先生方ものべ20人ほどの先生が見に来てくれたので、校内的にもそれなりの刺激にはなったかもしれない。ただ、刺激になっただけでは何の意味もない。

「生徒が寝ない授業」というのはそのまま継続している。ただ、モチベーションが落ちると、どうしても雑談が始まってしまうところはある。ダメと良いの線引きがそれなりにある。「雰囲気を大事にする」ということもあるので、ここまではそれほどダメダメ言わなかったが、成績がそれなりに出てきたら、また違った心境が出てくるかもしれない。まさしく教員と生徒たちの相互作用によって成立している生きた授業である。

日本で一番うまい授業を見ていれば、別に学校に行かなくても良いということが言われ始めたときに、学校が学校としての存在意義はなくなってしまう。そうでない価値を生み出すとしたら、そこにいる人たちとのリアルタイムでのやりとりが不可欠であるはずである。そこには「お互いの向上心を持って良い授業を成立させたい」という願いと、人間ならではの「できたら楽をしたい」という思いが行ったり来たりしている。どちらが強いのか、性善説か性悪説か、その二者択一の話なのかもしれない。当初とはまた違う、緊張感がほどほどに解けた3ヶ月後にそんなことを思いながら、一定の成果が問われる試験1週間前を迎えている。
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教員採用試験 [超個人的感想]

勤務校周辺の地域では、週末には教員採用試験の1次試験がある。何人かの先生は、その試験を受けるために必死に準備を進めているようだ。

教員採用試験の倍率は、ここ数年は、比較的受かりやすい数字で推移しているといっていいかもしれない。もちろん括りによるだろう。状況によっては、全く合格しない倍率になったり、採用がないということもある。希望者が多いということはその職種に魅力があるということ、反対であればそうではないということになる。単純な話だ。後はやめる方々とやりたいという方のバランス。将来教員が余ったからといってやめさせるわけにもいかないのだから、そこの調整も人の採用ということで吸収しなければならない。緻密な計算の中で採用する予定の人数は決められていて当然だ。

教員を取り巻く状況が最近話題に上ることが増えたが、「ブラック企業的な風土が好きでない」ということであれば、現状は、あまり勧められる仕事ではない。コアなところは部活動、生徒会活動、進学講習、長期休みあたりかな。しかし、もしも、部活動の問題などが整理されれば、世の中のあり方が大きく変わることにつながっていくのはなんとなく想像がつく。教育のあり方が社会のあり方の変化につながっていくからだ。生徒の意識が数十年後の社会のあり方を作っていくとすれば、教育の変化は確実に社会の変化につながっていく。どんな社会を作りたいか、大学受験が変わることが大きな鍵を握っていること、そこで部活動をはじめとする課外活動の位置づけがどうなっていくのか、そういう意味でも、これからの教育改革に注目していきたい。
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永遠のテーマ [超個人的感想]

学校祭の活動が最盛期、疲労困憊の中、先週末は熱が上がった。それを乗り越えてでもストレス発散に登山したりしながら、どうにかメンタルを整えている。アクティブラーニング型授業もどうにか続けている。

生徒と学校祭の買い出しに行ってるときだったか、そんな中にいるある生徒にお金がたくさんあって忙しい人生と、お金がほどほどあってゆとりがある人生とどちらが良いか聞いてみた。

即答だった。「お金がほどほどあってゆとりがある人生」。

やはりそう来たか。この言葉だけではくくることはできないが、今の子たちは、そう思っているような気がしたよ。無理はしない。(しわ寄せは責任者にやってくる、という訳か。)

生徒たちは、ブラック企業の話を良くするが、今の時代に生きていれば、そういう子たちが多いかも知れないな。その対角にいる私を見て、彼らは気の毒にと思っているに違いない。

であれば、これからの学校祭のあり方も考えなければならぬ。これからの人たちのために、少し楽ができるように、学校祭のあり方も今年は少し変えてみようと思う。そうしておかないと、根性論で作った伝統では、もはややり遂げられそうにない。

こんな感じで少しライトにするのが、今年の私の仕事のようだ。例年通りでやれば良い仕事かも知れないが、成り立たなくなったら、恐れず内容を変える。批判も多いので、ストレスがたまる。あと1か月、これが終われば、生徒会の仕事は半分以上終わったに等しい。頑張れ自分。
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1人にかかるお金が増える [超個人的感想]

今年度は、生徒会顧問をしている。各部活動の実情が入ってくる。世の中の部活動の価値観が変わってきているなあと感じる。

同時に、各クラブのお金がかかるようになってきているのを痛感している。これまでと同じように部活動を援助しようと思っても、どこの部活動も運営費に四苦八苦している。昔も今も同じかというと、そうではないところがある。

少子化で部活動をする人数が急速に減ってきているので、大会の規模が小さくなるが、だからといって必要経費はかかるわけで、大会にかかるお金が増え、結果として、参加費の高騰が起こっている。また、上位の大会に勝ち上がることがかつてよりも比較的できやすくなっているということもあるようで、交通費もかかるようになってきている。結果、これまでと同様の補助をすることはかなりきつくなってきている。今後も、部活動の大会を補助することができるかどうかはひとことで言うと難しい。

参考書や問題集の1冊あたりの値段がどんどん高くなってきている話はしたところだが、この業界では、ほかのものも少子化によって上がっているということを感じる日々である。

やり方をyoutubeで学ぶ [超個人的感想]

学校行事で、外に出る機会があった。近郊の学校ではよくある長い距離を歩く遠足である。生徒の気晴らしという意味合いもあるのかもしれないが、教師にとっても日ごろのストレス解消という意味で、いい時間を過ごさせてもらった。

そこで、何人かの先生方が楽しみにしているのが山菜取りである。どこでそのようなスキルを身につけたのか分からないが、随分山菜を取って来る先生もいて、美味しく味わっているらしい。毎年そのような会話が出てくるので、いったいどうなってそのスキルを身につけたのかと思うが、1年に1度の事なので、なかなか定着しない。

せっかくだから、山菜とりについて調べてみることにした。今の時代、インターネットがあるではないか。すると、狙っている山菜の取り方なるyoutubeの動画が出てきた。なるほど、そういう方法があるのか!これを見れば、言葉で聞いてなかなか理解できない場合にも大いに参考になることが分かった。

考えてみれば、数年前、生徒と焼き肉をしたいという希望があって、火のおこし方を後輩の先生に学んでもらおうというコンセプトのもと、先生方で焼き肉をしたことかあった。先生には少し意地悪に、とりあえずやってみてと言って放置したところで、いつの間にか、その先生は誰よりも上手に火を起こしたのだった。聞くと、youtubeで調べたような話をしていた。

時代は、教師が要らない方向で進んでいるのかもしれない、何でも動画を探せば、それなりの事が出てくるものが結構あるのだから。うーん、恐るべし。

SNSの問題行動 [超個人的感想]

SNSの問題行動の対策をしなければならないことが学校現場では増えている、という話題が絶えない。

時間割担当の間には、パソコンとにらめっこの日々であり、そのようなこととは無縁であったが、そこから離れると、対生徒の事柄が増えるので、話題に参加することが増えた。

今年から情報科担当でもあるので、否応なく、そういう話とも関わりが出てきた。

「そんなこと考えればわかるだろう」と思うことでも、それを教えるのが教師の勤め。一つ一つ今ある社会問題とセットで内容を伝えていく。ファミコンが出てから30年、そこからゲームがどれほどの進化を遂げてきたかを考えたら、次の30年後に入ったらどのような劇的な変化があるか、想像できないくらいだろう。

情報科は、今あるテクノロジーの技術を学ぶ科目という側面よりも、そのような変化にも対応するような指導をしなければならないということなので、「ワード」や「エクセル」を学ぶ教科という位置づけではない。「情報モラル」や「コミニュケーションのあり方」などなどなど、遠い将来を想像しながらその本質に迫るということである。それも教職で学ぶまでは全く知らなかったが、なるほどその世界は広い。

これからも、ますます、社会との関わりで良い意味でも悪い意味でも、SNSとの良い関わりの模索は出てくるに違いない。良い形での活用を望みたい。
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職場環境についての世論が変わる [超個人的感想]

最近のインターネットニュースを見ると、教員の職場環境や雇用についてのあり方について、議論が出てきている。

当の職場では、あまりそういう話にならない場合が多い。まあ、それぞれ思うところはあっても、それほどの話にならないと言うことなのかも知れない。過去の価値観であるところの「根性論」的なものと、新しい価値観であるところのお金をもらうサラリーマンと言うことの狭間でパワーバランスが行ったり来たりしているのかも知れない。

特にこの話の大きな話題になっているのは部活動だ。部活動では、1年の中で休みが数日というのは強い部活動であれば当たり前のように行われている。教師にとっての負担もさることながら、生徒にとっての負担もかなりのものである。宿題を出しても部活動で忙しかったのでできなかったというのは言い訳であるところも半分あるが、実際そうであることも否定はできない。この連休中も遠征、校内合宿など、できることは何でもやるという姿勢で臨んでいるところもあるだろう。

それを望んで部活動にのめり込む人たちがいる一方で、そういう部活動なり活動を「ブラック企業」という生徒たちが出てきたことには少々驚いた。朝7時から活動、夜8時まで活動すると、ブラック企業のようですね、という言葉を残す生徒たちが出てきていることに少なからず驚くことがあった。良いかどうかは別にして、「そんなの状況によっては当たり前なんだけど」と思っている私にとっては少し衝撃的な言葉であった。

世の中は変わってきている。次の世代であるところの高校生たちの中で、このような言葉を平気で言える世の中が醸成されれば、働く職場の環境が整っているかどうかということの優先順位が相当高くなるだろうな、と感じる瞬間であった。

私の大好きな番組「プロフェッショナル仕事の流儀」のプロたちの姿を見ていて、彼らとの意識のギャップの大きさを感じている。世の中を代表する人たちとは違うに決まっているのは当然のことなのだが。
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副教科の存在意義 [超個人的感想]

これまで数学という教科を教えてきて、俗に言う副教科の授業も担当することになった。これまで通り数学を、数学は単位数が多いので余った単位で情報を、というわけでもないのだろうが、新しい科目を教える中で、日々緊張感のある生活を送っている。

教えて思ったことは、数学と情報では、生徒の気持ちが相当違うらしい、ということであった。受験科目である数学はそういう意識がどこかにあるのだな、と改めて感じた。大して、情報は、教養を身につけるという意味合いが強く、これから生きるために必要なことは何か、を学ぶという側面もある。高校数学程度であれば、それも教養だ、といわれたらそれまでの話だが。

情報で何を学ぶかというイメージとして、excelとwordを学ぶという印象を持っている方も多いと思うが、学校によってはそちらを大きく取り上げるということもあるかもしれないが、基本はそうではない。情報のモラルのこととか、コミュニケーションのあり方とか、もうちょっと幅が広いのである。どちらかというと、保健や家庭科の方のイメージが強くなるかもしれない。

進学校にとっては、この担当の先生方は肩身の狭い思いをしながら教えているのかもしれないが、それでもこの教科は必修だから、高校を卒業するためには必ず学ばなければならない。教養として学ぶ教科をどう教えるか、社会での必要性、これからの社会を見据えた指導など、こちらの意図をふんだんに入れた授業も可能である。

副教科がなぜ必修ななのか、存在する意味を突き詰めれば、教育の意味に突き当たるのかしれないと思う。

学ぶための場所 [超個人的感想]

場所によって「勉強がはかどらない」という人もいる。聞くと、寝床が近くにあるとどうしても寝てしまうと言うことであった。けっこう聞く、この悩み。人はどこで学ぶと良いのだろう。ふと考えてみる。

家では勉強できないという人が、登校して勉強をする。休日に学校に登校する人の大きな理由の1つがそれなのかもしれない。図書館で勉強する人もそういった理由かもしれない。そういう意味でも、万人にとって学ぶための場所がどこなのかと言うことは重要と考えているのだと思う。

別の観点もある。家が一番はかどるという人にとっては、家にいることによってかかるお金も考えるケースがあるのかもしれない。冬場の暖房費や、夏場のエアコン代は家計の圧迫になることもあるだろうからなおさらであろう。

余裕があれば、都心に繰り出し、あえて雑然とした中で勉強をする場合もあるかもしれない。また、自習室を借りるということでお金を払う人もいるわけだから、直接的な学びの場を求める典型例だろう。その場合には、お金ではなく、場所をお金で買うと言うことになるだろう。大人であれば、学ぶための場所に行くためのガソリン代も考慮に入れる必要がある。わざわざ休日に旅行に行って勉強をする人もいるのかもしれない。

お金を払ってでも学びたいという気持ちは、させられてする時にはなかなか芽生えないものであるが、学ぶことが贅沢なことであるということに気がついたときに達する心境なのだろう。生きることは学ぶこと。人間の欲求の1つとして、学ぶと言うことにもっとスポットが当たってもいいと思う。そして、学生は学校という学びの場所をもっと上手に使った方が良いとも。

たぶん、でも、当人は、そういう自覚がなかなか持てないでいる場合が圧倒的だ。

気がついたときには、お金を払って勉強し、勉強する場所を求めている。「自らすすんで学ぶ生徒」を歓迎するこの世の中は、大人の後悔からこの目標を定めているのかもしれない。
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特定の大学受験対応 [超個人的感想]

センター試験が終わり、国公立大学の2次試験対策、そして特定の大学受験の対策をしなければならない時期、孤独に取り組んでいる。特定の大学とは言え、なかなか普段取り組むことができないこともあるので、そこの大学のいいたいメッセージを汲み取り、こんな問題を出す大学は何を学ぶところなのだろうということを解読している。

受験生と大学との1つのキャッチボールのようなものなのだろう。今回は国公立大学ばかりではなく、私立大学もあるので、良い刺激を受けている。

3年生の授業がなくなった方が授業数が増えている感じのする毎日を送っているわけだが、このような日々を送ることは悪くない。あとは結果が伴ってくれれば良いんだけど。とりあえず、最善を尽くしてみたい。

週末の名古屋では、推薦試験があったり、私大の出張試験があったりして、着々と次年度の学生をとるための準備が進んでいた。
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メールアドレスとパスワードの管理は重要だ [超個人的感想]

ついに個人メールアドレスを変更することになってしまった。どちらかといえば、不本意という要因が大きい。

いたずらメールアドレスがあまりにも多いことで大事なメールが埋没するようになった。

さらに、職場から転送するメールが転送されなくなってしまった。やむなく、いったんメールアドレスを変えることにしたのだが、もとのアドレスが使えないことが判明した。もとのアドレスへの転送ができないのであれば、このサーバーのメールアドレスを持っていること自体が意味を持たなくなってしまった。

結果、so-netのメール会員をやめることになった。ある方が、so-netの会員をいったんやめてしまったときに、うっかりコンテンツもやめることになってしまい、ブログが閉鎖になってしまったという話を聞いたことがあったので、慎重に事柄を進め、ブログが閉鎖にならないようにはできた。

メールアドレスを頻繁に変えるのも連絡なども大変だ。

アドレスを決めるときには、よく考えること、ウイルスメールが来ないようなものでもないとダメだし、ランダムな文字列によるメールアドレスの人も意外にいたりして、メールアドレスの決め方もいろいろだと思う。

いろいろなサービスに入った際に、パスワードをいろいろな形で設定するが、膨大な登録の中で1つ1つ違ったパスワードをつけ、かつ忘れないようにメモるのはなかなかの作業だ。これから生きていくために、1つの重要な課題と改めて認識した。

図書館へ [超個人的感想]

教育免許状更新講習は無事終わったが、その際に図書館に本を借りに行ったところはまって、図書館に行くようになった。

学校の図書館とはまた違った品揃え、世の中のニーズが垣間見える。世の中はこのように回っているのかと学校と家との往復では見えない面を見ることができるので、なかなか興味深い。

たくさんの税金を払っているわけだから、こうした公共サービスを使わない手はないと思いつつ、なかなか足を運ぶことができない。世の中には知っていると良いことはたくさんあるはずなのに、活用できていないことがもったいないと思う。

街にでかければ、購買意欲をそそるディスプレイがある。どこかで何かが動いているのに、何もせずに日々が過ぎるのはもったいないと思いつつ、少しずつ体力がなくなって行動範囲が狭まっていくのは、人生にとってあまり良いことではないな、と感じている。冬は行動範囲が特に狭まるので、この時期にやれることは何か、少し真剣に考えてみたいと思った。

図書館にはいろいろな人たちがいる。いろいろな人たちがいることに感心したり、生活の一部のように通っている人たちを見かけると、老後は図書館に通いながら生活するのも悪くないだろうなあ、と思う。

最後のセンター世代、そして [超個人的感想]

現中3が最後のセンター試験を受ける学年となるはずである。この学年が最後のセンター試験学年。

いよいよ次の「新しい試験」の世代が高校に来る日も近い。目の前の人たちもそれはそれで大事なのだが、新しい世代の人たちの方がこれからは中心になっていくことになるのかな。

新しい世代の人たちにどのように対応していくか、すでに中高一貫校では想像しながら対応を進めているわけだが、高校も入学してくるので準備に余念がないはず。

でもどんな準備をすれば良いのかというのは、内容が確定しているような、いないような話でしかないのでこの対応についてはかなりばらつきがある。「先を見る力」が求められるが、少なくとも、大学のテストがどのようになろうとも変わらなければならないという意識が高校にはできあがっているのは間違いない。アクティブラーニングなのか、反転授業なのか、課題学習なのか、探求なのか、ネットを使った授業なのか、何なのかは不明だが、教育界はなかなか変化しない業界だと思っていたが、今回は意識がそれなりにあるように感じる。

どのように変わっていくのか、ベテランの先生方ほど不安の度合いが大きいように思うが、なんとかついて行けるように準備を怠らないようにしなければ。
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