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増加する公立大学 [超個人的感想]

世の中の学校の善し悪しの判断の1つに国公立大学に入学させるための指導力というものがある。

ただ、最近思うのは一方で国立大学ではなく、公立大学が少しずつ増えてきている実情がある。地方にある私立大学があるとき公立化することがあり、偏差値がはねあがる。ここで生まれる公立大学が増えてきているのである。偏差値が上がることから、地方にある私立大学はそれを狙って様々な方策を画策しようとするのは、少子化のご時世、自然な流れになっていくのではないかと思う。

となると、国公立大学というグループに含まれる、公立大学については、これまで以上に入りやすくなっていくことだろう。大学入試自体が易しくなっている中で、こういった大学に入ることができる数を比較することに意味があるのかと言われると、業界の人は少しずつ「?」と思う人も出てくることだろう。

ただ、世の中の評価は簡単に変わるものではない。業界の人が気がついたとしても、世間の人たちがそこに気がつくのには結構な時間がかかることを業界の人は知っている。世間の人がそのことに気がつくのは何十年後なのかはわからないが、業界の人で、緩やかにその変化に気がついているのは私だけではないと思う。

へぇ、ここも公立大学だったんだ!でも、1人合格したのは確かだから、カウントしよう、みたいな。
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格安旅行 [超個人的感想]

2週間前、1週間前と連続して週末旅に出ていた。十分満喫したので、しばらくは仕事に専念できそうだ。合計飛行機を6回乗って、沖縄と名古屋へ。今回は東京には行かなかったので、オリンピックに備えた準備その他という雰囲気ではなかったので、東京以外の地域は盛り上がっているわけでもないのか。ただ、外国人の数はかなり多かった。

それにしても安い時期だ。沖縄に行くための飛行機は乗り継ぎながら往復2万円を切った。格安の飛行機に乗るために、空港の端まで行くのも慣れてきた。ただ、突然、手荷物の点検があるのには参った。荷物の重さを量られたり、手荷物の個数でトラブりそうになった。次も気をつけなければならない。

今年は、冬休みに旅はせずに時期をずらしたが、この時期は観光的にはオフである。飛行機代のみならず、レンタカー代も格安、宿泊代も格安。年末年始の半分もお金はかからなかった。浮いたお金は別のことに使いたいと思っている。

ただ、シーズンオフだけあって、天候には恵まれなかった。この時期は南の島でも、日の光が弱い。プロ野球のキャンプはいつか見てみたいと思った。プロ野球選手たちが、今頃、行った地域を散歩しているのだろうかと思うと、少し残念だった。こちらも仕事をしているのだから、時期の話には限界がある。それは仕方が無い。行けただけでも良しとしたい。

今回は、これまでの旅とは角度を変えて文化的なものを見ながら回った。博物館や美術館など、精力的に回った。社会科の歴史を学ぶ際には文化について学ぶ項があって、そこを集中的に覚えた記憶があるが、こういうものに普段から触れて学ぶのと、疎遠な地域で学ぶのでは、学びの定着に大きな差が出るだろうな、と毎度思う。そういう意味では、学びに地域差が出てしまうのは致し方がないのだろう。

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全くやっていないことをやる [超個人的感想]

冬に、これまで全くやっていなかったことをやっている。

それは、なんとエアロビである。普段と真逆のことをやってみたらどうなるかと言うことでやっているのだが、想像を超えてできないので苦笑いの日々が続く。

まあこれはこれで「できない人の気持ちがわかる」のでいいのかもしれない。それから人のものを教わると言うこともいい刺激になるのかもしれない。とは思いつつ、やっていることは歯医者に通うくらいの気持ちの重さがある。ここまでしてやることの意味があるのかと言われると、それはよくわからないが、とりあえず新しいものは得ているのかもしれない。

プロの脚本家は、自分に全く関係がない雑誌に目を通すという話を聞いたことがあるが、そういうことでもして努力しないと新しい発想は出てこないものなのだろう。ここで得たことがまた新しい自分を作ると信じて、今日も邁進していく。
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格安チケットで旅へ [超個人的感想]

格安チケットで旅に出ている。この冬は、沖縄と名古屋だ。
普段、ストレスがたまると旅に出たくなるのだが、なんとなく、飛行機のチケット販売の日取りと価格を見ている。

結構面白いもので、たまたま空きが出て、安いチケットを見つけると、宝物を見つけたような嬉しさがある。するとどうしても買いたくなる衝動に駆られる。通常は、見つけても、休みと一致しないといけないのだが、日取りが合えばいってみることもある。今年はたまたまその日取りが上手く合うのでいくつか行くことができた。

特に最近は、家と職場の往復だけのなんとも単純な日々を送っているが、たまには刺激を受けた方が良いとは常々思っている。こういうときには気晴らしをかねて、旅に出てみることにしたい。単純な日々とはまた違った新しい出発を迎えることができるはずだ。

旅の際には、これまでの人生の中ではしてこなかったような新しいこともしてみる。すると普段見えなかった何かがまた見えてくるものである。それが化学反応を起こして何か新しいものが見えることを期待しながら旅は続く・・・。
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まもなく旅 [超個人的感想]

まもなく旅に出る。放浪癖があるわけでもないのだが、たぶん、「終の棲家」を探している感じなのだろう。冬休みは出張以外は数学ばかりの日々だったが、今回は時期を変えていくことにしてあったのだ。この時期だと圧倒的に旅費が安くなる。下手をしたら年末年始の半額以下である。

よく「いろいろなところに行くんだね」と言われるが、なんとなく、1つの事柄を探求したいという思いが強いらしい。何か深い意味がある場所があれば、そこに行って確かめてくる、そんな感じの旅が好きらしい。

普段は数学を教えているわけだが、数学ではなかなか人を感動させることはできないが、人を感動させる何かがある場所にはどのようなことがあるのかを知りたくなり、無性に旅に出たくなるのだ。特に冬は寒いのが嫌いなので南の方に出かけることになる。今は、北の地から読書などをしてどこを訪れようか考えているが、何が人の心を揺さぶるのだろう。今日は、生徒に私が勧めている映画を1本見たが、心揺さぶられる作品は何度見てもいいものだ。

まもなく、旅に向かう。今回も、人生のヒントが見つかるだろうか。
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新学期へ [超個人的感想]

ずっと勉強したので冬休みぼけはない。ある程度の規則正しい生活をしていたので、いつでも体制は整っている今年。昨年、一昨年は、担任ではなかったので、放浪の旅に出かけていた。特に昨年は、冬休み最初から冬休み最後まで南の島にいたので、気候の差に苦労したものであった。

ついでにお金も使わなかった。数学はお金があまりかからない。1つの問題を解くための時間もそれなりにかかるので、頭は使うが、お金はかからない。

まとまった時間があるのでそれなりのこともできたし、本当は普段の空き時間で出来るようになるのが望ましいこともできた。習慣化されたこともあると思うので、日常生活の過ごし方という形での実践につなげていければ良いと思っている。

明日からは、センター試験が終わって、受験生の進路指導について、怒濤の動きに入っていくはずだ。
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出張に思う [超個人的感想]

出張に行ってきた。ずっと数学の問題解答と読書と映画鑑賞に明け暮れていたが、この日々も終わってしまった。

久々に行った東京は、雰囲気が少し変わっていた。オリンピックが近いからなのか、あちこちで工事が行われており、人が一生懸命動いていた。人がたくさんいることはいつもと変わらなかったが、その人たちの消費行動がいつもよりも活発だったように思えた。しかし、いいときにはあまり考えない方がいいのかもしれないが、これが落ち着いたときが暗黒の時代のように思えてならない。

さて、出張だったので、その内容に関わる話だが、教育を取り巻く様子もずいぶん変わろうとしている。学校は、職場環境という意味では、最後の聖域になっているようで、働いている人も多いからなのか、なかなか文化が変わろうとしないようだったが、いよいよ社会からの目も変わらないといけないという雰囲気になってきているのを感じた。センター試験後継の問題の話も現実味を帯びてきたが、ついに変わらざるをえないところまで来ているのかな、と感じた。部活動の働き過ぎはどうするのだろう。やりたくなくて仕方がない人もいる一方で、一方でやりたくて仕方がない人も一定数いる。私の興味はそこに向いているが、最終的な落としどころがどこに着地するのか、世の中の考え方と現場の先生方の考え方の違いなどもあるだろうから、どのように変化していくのか、今後も見守っていきたい。
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大量に映画を見ている [超個人的感想]

勉強も適度に少しずつ進めているが、青チャートのノート版が、もう終わりに近づいてきた。こればかりで冬休みを終えるつもりはない。

1年間以上、大量に録りためていた映画を少しずつ消化している。残念ながら、数分で見るのをやめてしまうものもあるが、最後まで見るものの中には、余韻に浸れるものも少なくない。最大の理由が、ハードディスクの中身が満杯になってきてしまったというのが、少し悲しい。いつもそうなのだが、録ってしまったものは律儀に全部見てしまう傾向がある。見るのをすぱっとやめてしまえれば、良いのだろうけれども。人生は有限なのだから、この割り切り方は今後の自分の課題として身につけなければならないだろう。

ということで、正月も映画を見たり、勉強したりということで有意義な生活を送った。今年は旅行なく、終わってしまったなぁ・・・正月も。まぁ、それはまた今度。正月近くはお金も高いので。
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片づけて想像する人生のしまい方 [超個人的感想]

猛烈に勉強しているが、一方で気晴らしに片付けもしている。

今行っているのはビデオデッキにある膨大なデータの整理やパソコンの中にあるデータの整理である。動画撮影の鬼である私のパソコンの中には膨大なデータが入っているが、少し整理することにした。

近年の著しいインターネット環境の整備とパソコンのスペック向上により、できることが増えたが、私の仕事がだらしないからなのか、膨大なデータは整理されていないままとなっていた。片づけを通してこれまでの人生の反省をしているのに合わせて、作業をしながら思うこと。

このデータは何のために整理しているのか?

整理したからと言って自分以外の人間がこのデータに触ってもあまり意味がない。ということはこのデータを整理することは自分自身の問題でしかない。言ってみれば、このデータの整理は自分自身の納得のためにやっていることでしかないかもしれない、ということである。誰かのためになっているわけではない、可能性が高いというわけだ。

そう考えると少しむなしいものがある。片づけを通して自分の生き方を見直すことができる、そんな効果がある型付けという行為は私が思っているよりも尊い行為だった。もう少し真剣にやってみよう、そんな気持ちで片づけは進んでいる。

人生は有限だ。限りがある人生の中でできることは何か、そのために時間を使うことの大切さを改めて感じる時間と向き合う時間。それが片付けの意義だったのか、と気が付いた私ももう年だということである。
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山ごもりならぬ学校ごもり [超個人的感想]

今年の冬は学校ごもりをすることにした。

ここ何回かは、冬休みの一部を放浪の旅に費やしてきたが、やりたい勉強もそれなりにたまってきたので、何人かの生徒とともに勉強をすることにした。現在は勉強専属の係はいったん離れているつもりなのだが、気がつけば生徒たちは寄ってくるものなのか。

どのみち私も学校にいるつもりなので、一緒に勉強するのはやぶさかではないのだ。雑用が多くて、普段勉強するのが専属ではないので、なかなか腰を据えて学ぶ時間がとれない。そのために長めに勉強をするのに、人がいるかどうかはあまり問題ではない。

このビジョンはある程度早い段階から練っていたので、参考書や問題集の方も早めに購入したり、取り寄せたりしていた。

最近出版された青チャート数学ⅡBの改訂版


フォーカスゴールドシリーズ


それから、店頭には出ていない?東京書籍のニューアクションレジェンドも一通り手に入れた。解くのはもちろんのことだが、これらの読み比べもしたいと思う。

それから、個人的にはこの本を読み始めている。


なんだかんだで、今年の冬休みは充実しそうな予感がする。勉強する環境はwi-fiがないようなので、そこからの呪縛もなさそうだ。勉強するだけで楽しいと思えるような生徒がどれだけいるのかは不明だが、今年の生徒はそれなりにつきあってくれることだろう。生徒はいてもいなくてもやるつもりだったが、適度に見守ってくれた方がお互いにとって幸せだ。
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ふるさと納税とコーヒー [超個人的感想]

コーヒーを落として飲むようになってから1年が経った。おかげさまでコーヒーばかり飲むようになった。

他方、最近ふるさと納税を初めて見た。ふるさと納税の節税効果はまだ実感できる場面に遭遇していないが、いつかそういう経験をすることになるのだろう。ある程度計算しなければならないが、制度はきちんと整っている感じがした。さて税金はどうなるのだろう。効果は翌年に現れるはずだ。そもそも、税金の仕組みを考えることが頭になかったので、せっかくの機会だから少し考えてみようと思った。この延長線上に、最近猛烈に関心を寄せている図書館通いがあるのかもしれない。

さて、コーヒーを落として飲むための道具をふるさと納税で購入することにした。ふるさと納税の場所は燕市。高校入試で地理を学んだので、そんな話しがあったなあと懐かしむ。そこで購入してみたわけだが、なかなかの品物で使い勝手が良い。気がつけばコーヒーを落として楽しんでいる。

楽しんでいるコーヒーは、かつてのいただき物がメインである。片付けをしたときに大量に出てきたコーヒーセットの山を少しずつ消費している。すでに賞味期限切れの者も多いが、まあ大丈夫だろうと思って飲んで、かなり消費した。おかげさまで飲み物を買うお金が激減した。あまり消費しない生活がすっかり定着してきた気がする。
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初めての情報の授業、終了する [超個人的感想]

情報の免許を取ってから1年おいて、初めての授業の日々を送った。

この年で初めての授業を担当する緊張の日々を送った。正直明日はどんなことになるのだろうと思ったら眠れない日も多かったが、生徒たちの助けもあってどうにか終えることができた。ありがたい限りだ。また、同僚のサポートがあったことも大変感謝している。

年をとると新しいことをしたくなるというが、その気持ちが少しわかった気がするのは私も年をとった証だ。でも、それでも挑戦することは新鮮でいい経験ができたと思う。途中副教科ならではのこともあったのでそういう人たちの立場ということも少し経験することができ、得がたい時間を過ごすことができたように思う。

勤務校はなぜかクラスによっては3年生に配当されている必修科目は、3年生の自宅学習期間に伴い早めに終わってしまったが、この経験をしたことがあるということは将来の財産になると思う。

感謝の1年であった。
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データの整理 [超個人的感想]

ここ数年片付けをしているが、見ている限りかなり整理は進んだ。せっかくなので、周りのいろいろな環境を整理している。

身の回りの整理が進んだところで、ついに着手しなければならないと感じているのは、データの整理である。このデータがとてつもなく大きい。気が遠くなるレベルである。それで手をつけていなかった。

しかし、物理的な片付けで得たノウハウを生かして、片付けを初めてみたいと思う。

データの最も数の大きいのは、写真だ。写真の方は、なぜか同じようなファイルがあちこちに分散している。これをすべてさばくだけでも膨大な時間がかかりそうだ。試しにフリーソフトを探してみたところ、いろいろあることがわかった。

まずは表面的なというか事務的にデータを消してから、その上で思い出として使えるものだけ残すことにしたい。ついに片付けもここまで来たか。いつかやらなければならないと思っていただけに、感慨に浸っている。
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調整役の日々 [超個人的感想]

職場では調整役の日々を送っている。最近特にあるのが、年寄りと若者の意見の違いの調整である。

年寄りのうんちくが長い。本人たちはよかれと思っているので悪気はない。
対する聞く側は、同じことの繰り返しであることが多いのでうんざりのようである。

まず心がけなければならないことは、長い話でも聞くことである。みんなに対して長い話をしないように、こちらで個人的に機器に聞くことにしている。時間はかかるが、それが一番手っ取り早い。

次に、聞く側に聞き取りをして何の話が嫌か、の聞き取りをする。どの程度どのような話が嫌かを聞き取る。当然その話がメインだとだめである。なんかのついでに聞くふりをして聞くことにしている。

次にうんざりと思っているようだという話をやんわりと話する。ここが一番難易度が高いが、普段話を聞いていれば、どうにかなるのかもしれない。不愉快だと思われても、この話はしなければならない。結局それもまた本人のためである。

ここまでしたら少しどうにかなる・・・と願っているがどうなのだろう。まあ、お互いがいい形で収まることを信じて、実に粘り強く話を展開しているのである。中間管理職的な位置ということはこういうことなのか?と思ったりもする。年をとるとやることが増えるものなのだな・・・。
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プリンター考察 [超個人的感想]

私は出さないが、世間は年賀状を出す季節になった。今年苦労したことの一つは片付けだったので、特に片付けに手こずったプリンターについて考えみたい。

新しいパソコンを家電量販店で購入する場合、年末商戦と重なっている場合には、プリンターをセットで買う場合も多いかもしれない。その場合には、特に年賀状ソフトを購入し、プリンターを合わせて購入するというケースが多いかもしれない。

ただし、会社員の場合には、家でプリンターを使うことはそれほどあるのだろうか?

もしもないのであれば、年賀状をプリンターで作成することはあまり経済効果が高いとは思えない。

少なくとも、生徒会会で使っているプリンターは、大変残念ながら使い方が悪いことも相まって、すぐ壊れてしまうように見える。加えて、インクのランニングコストが異様に高い。さらに、場所もとるので、私の片付けの対象の1つになってしまった。

そうこうしているうちに当時の生徒会顧問が放置しておいた壊れたかもしれないプリンターの後継機は増えていき、結果、台数が4台となってしまい管理ができない状態となっていた。そのプリンターのインクを補充すれば使えるのかと思いきや、ネットで調べてみると「インク製造が中止されている」という悲しい話も出てきて、事実上、見た目は新しそうに見えるが使うことができそうにない。パソコンの回転も速いが、併せてプリンターの回転も速い。気がついたらインクが製造中止になるということも多い。管理するのが面倒くさい当時の顧問が買い換えてしまったのかもしれないなと思いながら、整理の必要性に頭を抱えているのである。生徒会のお金は有効に使わなければならない。

結論的にいうが、1年に数回しか使わないかつ年賀状でしか使わないのであれば、居住空間をきれいにするという意味も込めて、プリンターは買わずに、年賀状作成会社に委託することを勧めたい。その方が確実で、手間もとらない。無駄な空間を使わないですむことから、費用対効果が高い人は多いのではなかろうか。

プリンターをどのくらい使うかによるが、それほど使わないのであれば、その方が間違いなく良いと思う。片付けをしている者の実感である。
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努力できるか? [超個人的感想]

センター試験後継の試験の話がちらほら出てきている。

高校時代にセンター試験を受けた世代からすると、いよいよ変化する時代が来たのか、という思いになる。
この国も1つの大きな変化の時期にさしかかっているんだろうな、と感じている。

人間は変化を好まない生き物である。変化に対応することは容易なことではない。当然、変化すること自体に難色を示す人も少なくない。それをはねのけ実施するとなれば反対の人たちもその気持ちを表すに違いない。その改革が正しいかどうかは別にして、時期が近づいてきたらなおさらのことそのような話が出てくるに違いない。

このために先行的に努力する人たちがいるだろう。出張に行ったり、本を買いあさったり、様々なやり方を用いて努力していく。結局その差がどのような形でこれからに反映されていくのかはわからないが、この積み上げが加わっていけば、教師としての基本的な持っているものが変わってくることになるだろう。

なんの世界でも同じだが、1つの変化に対して、前向きに受け止めるのか、後ろ向きなのかで世の中の風景は違ってくる。

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「例年通り」 [超個人的感想]

言うまでもないが、教員の仕事は授業ばかりではない。

最近は、校内の片付け、片付けのための設計図面作成、合宿の引率など、多岐にわたる仕事をしていた。やり出したらきりがない、膨大な仕事だ。それで少し更新が滞ってしまった。その際に思うことを書いてみよう。

雑用をしながら思ったことは、教員の仕事は「例年通り」の仕事が多い、ということである。したがって、例年通りの仕事をしていさえすれば、批判されることはないということである。したがって、ここ1ヶ月で取り組んできた進歩的な雑用の仕事は、ここ10年ほどしていなかったことであり、たまたまそこに居合わせた私が整理したということに過ぎない。

教員の仕事は基本的には同じことの繰り返しである。1年に1度、同じ単元に触れて、同じような授業をすれば批判されることはまずない。もちろん、そうでない人もたくさんいるが最小限で言えば、「例年通り」で成立する。クリエイティブな仕事と言われると、よほどの意欲がないと新しいことに挑戦することは難しい。そういう気概を持っている人は、変化を望まない人間に見事につぶされるしまうのだろう。でも、一部の人間はそれに果敢に挑戦して、変化を実現していく。でも、それは面倒くさい。面倒くさいからと言ってやらないと滞ってしまう。難しいところに挑戦するというのが私の役どころらしい。そして、別の担当者に替わったら、私の替えたところにまたあぐらをかいて例年通り進んでいく。まあ、そんなところか。

最近、他校のいろいろな先生と話をしながらふと思ったこと。他の業界と比較すると、変化を望まないという意味において、学校という社会は保守的ど真ん中なのだろうな、と思う。


進歩的な仕事をしようとする人は、この仕事には向いていないのかもしれない。

私は私で今やっている仕事で歴史的快挙?を達成しまくっている?らしい。今日も開校始まって以来の快挙を成し遂げてしまった。
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生徒会執行部、後期の活動へ [超個人的感想]

今年度は生徒会の顧問をしている。他校との生徒会執行部の交流と成長を目指した合宿を企画してくれる場所があり、大変感謝している。

生徒会は、ほとんどどこの学校にも存在し、それぞれがそれぞれの進化を遂げている。放置しておくと、独自性が進むとガラパゴス化してしまう。もっと効率的な、効果的な方法はないのかということで考えるにしても、比較するものがなくなってしまう。そのようなことにならないように、生徒会が時々どこかに出かけ、交流を行うことは意義あることである。

一方で、生徒会の生徒が立候補する生徒が少ないことが悩みの種である。生徒会が開かれたものになり、楽しいと思わないと、生徒会活動自体がやる生徒が居なくなり、結果活動が停滞する。生徒会活動をしてくれる人自体が少なくなっていることもあるので、そういう意味でも、楽しいことがあるという思いになってしまわないと厳しい時代になってきたものだなと思う。何でも『楽しい』と思うような仕掛けが今は大切なようだ。

勉強しかり、部活動しかり、生徒会しかりである。
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「自分で考えろ」がより鮮明に [超個人的感想]

録画していた番組を見た。NHKスペシャル「ホームラン新伝説~“怪物球児”ドラフトへ~」という番組で3人の高校生がどのような境遇で野球に取り組んでいるのかという番組であった。その番組の切り口の中に、彼らがどのような育ち方をしてここにいたったのかということが含まれていて、非常に興味深かった。

大きなテーマが表題の通りだったように思う。番組を制作する側は、当然大人の目線なので、形から入る従来のやり方が変わっていたことに少なからず驚きをもって報じた。

そう、その違和感は、現場の教員も同じだ。

従来のものを教える、ものを学ぶでは、うまくいかないことがでてきた。これまでは、どちらかといえば、上と下の関係で学ぶということを行ってきた。指導者イコール上、生徒イコール下。そこでこういう場合にはこうしろというスタイルである。しかし、時代は変わり、横のつながりで考えるというか、違いをもって成長を促すということで英才教育をしていくというのが、どうも一つのスタイルとして確立してきているらしい。もちろん、相変わらずの指導者もいるが、横のスタイルで学んでいきましょうというスタイルの教育の番組をみることに、違和感を持つ教員は年齢が高いほど多いように思う。

かといって、有能な指導者の中でも、相変わらず形から入っている場合もある。
形から入って、そこから自由を学ばせるのも一つの方法。しかし、「枠にはめてしまうと、考えない人間が育ってしまう」ということであった。それは言える。最初から形にとらわれずに育てていって、そこから枠にはまらないように育てるのも一つの方法ということも紹介されていた。

どちらがいいのかは正直よくわからなかったが、ある程度上を目指させるとしたら、枠にあてはめないというやり方があるということを知った。例えば、目標になる人を決めてしまうと、その人以上になるような成長は見込めない、ということらしい。

形にあてはめて指導するのはある意味易しい。それぞれに合わせて指導するほうが難しい。「教師がそういったから」と指導者に責任を押し付ける方が生徒にとってもやりやすい。そうして世の中の優等生は評価されてきた。案外、優等生と言われる生徒たちは自分で考えられない生徒が多い。そういう生徒にとっても、「自分で考えろ」といわれるのは、要求が高いと感じることだろう。考えさせる指導というのは、逆の言い方をすれば、だめなら自己責任を厳しく問うことになる。

また、何かを強制することで、生徒の個性をつぶしてしまうということは、今の社会ではよく思われてはいない。指導者も熱くなりすぎて生徒に過剰に当たることが問題だといわれることもある。思いが過剰すぎて空回りすることもあるかもしれない。指導者と生徒との距離感が適切であることが大切なのだろう。熱すぎるのは時代と逆行してしまう。むしろ穏やかに、自己責任を問うことを積み重ねていくという指導になっていくのかもしれない。そういう意味では熱血指導はもう古いのか。いずれにしても、示唆に富んでいる内容だった。


この番組を見てからしばらくこのことについて自問自答していた。時代は人間がAIにとってかわられるかもしれないという話題が出ているくらいだ。「自分で考えられない」人間が、この世の中では淘汰されるのだとしたら、生徒時代に自分で考えることを放棄し続け、「言われたことしかできない」人間に出来上がってしまったときには、究極の自己責任を負わされる(コンピュータ以下の存在価値しかないと言われてしまう)世代なのかもしれない。

そう考えたら、今の生徒たちは、結構大変だ。
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チャンネルごと録画ビデオで生活が変わる [超個人的感想]

チャンネルごと録画してしばらくは見られるデッキを買ってみた。すると、あらかじめ録画しなくても困らなくなった。それまでは気合いを入れて番組表を見て、整理していった。

ところが、今度はその必要がない。ないといっても、それまでの習慣は保っているが、今度からは、番組が放映されたあとに良いと評価された番組を見ることができるようになった。するとテレビ依存度が上がる。

テレビ世代の私からいわせても、最近のテレビ番組のクオリティーは下がっているが、なんだかんだいってみてしまう、このデッキは悪魔の機械かもしれない・・・。

とはいえ、やっぱり便利だわ、これ。
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表現したいことがあるかどうか [超個人的感想]

情報の授業でプレゼンテーションをすることになった。生徒たちはある程度の枠組みの中で自分を表現しなければならない。

技術から入っている私からすると、実はこれが一番難しいかもしれない。自分の何を表現したいのか、何を言いたいのかということは簡単に教えられるものではないからだ。手法は教えることはできても、自分とはどんな存在なのかを教えるということは簡単ではない。

近いジャンルは芸術の授業の中にある。特に美術や図画工作のようなものである。この形を作れということであれば、真似すれば良いが、自分で考えて作れといわれると、なかなか簡単ではない。要するに自分に表現することがない者にとっては、これ以上辛い時間はない、ということなのだろう。

基本的な技術はある、基本的なノウハウはある、次の段階として、自分は何を伝えたいのかということがある人なのか、ない人なのか。案外偏差値が高い人に限って、表現したいことがない場合も多い。言われたことを実行する能力は高くても、何か道を切り開く主張のようなものが弱い。どこかのタイミングでその力が備わることもあるだろう。そこに期待しながらまずは形からということで、まずはプレゼンテーションの1つの形を提供する授業を展開した。

与えられたことを再現することだけではない、自らがどう表現していくのか。その表現する題材があるのかないのかによって、これからの人生の切り拓き方が変わってくるような気もしている。こういう分野になると大きな可能性を見せる生徒もいる。人間って奥深い存在だと思う。
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部活動と勉強のバランスをどこに置くか [超個人的感想]

「進研ゼミ」のキャッチコピーではないが、世の中の高校生は、勉強と部活動の両立を求めていることが多い。

勉強ばかりでは、高校生として充実感がないということなのだろうし、人間としてのバランスが良くないということなのか、ニーズは高い。

端で見て思うのは、結局は勉強と部活動のバランスなのだろうと思うのだが、そのバランスをどこに置くのか、とても難しい問題だと思う。

部活動はあくまでも任意で行うものなので、ある意味選択の余地が大きい。勉強は自分の好きな分野に力点を置くことはあっても、あまり好きで勉強する場合はないだろうから、どうしても部活動に力を入れたくなる。

そこに、部活動をこよなく愛する顧問がつけば、やり方ことに夢中になるということへの歯止めがかからなくなる。結果、勉強がおろそかになり、進路実現する可能性は低くなる。それでもいいということもあると言えばあるのだが、数年後に同じような心境で振り返ることができるのか、そこのデータは高校には少ない。

学校には、「部活動は何時から何時まで」いうのがあるのが普通だが、そのへんについての取り決めなり、考え方なりというのは、顧問の裁量も大きい。顧問の先生方が勉強そっちのけで、進路実現のために協力をするのかしないのか、というのは勉強と部活動のバランスを決める上で大きな要因となるのだ。

その際どうしても、顧問の考え方の大きなよりどころになるのは、たぶんその先生がどのような高校生活を送ってきたのかということになってくるのだと思う。歴史は繰り返す。教育現場はそう簡単には変わらない。それが一番大きい。

部活動で充実した学校生活を送るためには、その先生方の考え方が大きく影響すること、本人が学校生活の充実の度合いをどこに置くか、勉強とのバランスをどこに置くかで決まってくるところを総合的に判断することが求められていることを痛切に感じている。
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コーヒーを落とす [超個人的感想]

数学の恩師は、あんパンを軽い昼食にしていた。なんとなく印象に残っている。

頭を動かし続けるためには、糖分が大事だな、と、ここ数年の体調不良で感じたことであった。併せて、少し難しい問題に取り組む際に、糖分が足りなくて力が出ず、結果としてパフォーマンスに影響が出るということがあった。そのこともあってか、なんとなく、生活の見直しの必要性も感じている。

あわせて、ここ数年で取り組んできた片付けをしていて大量に出てきたのが、修学旅行で訪問したときに大量に買ったベトナムコーヒーであった。折角だから試しに飲んでみようと思い、飲み始めたらすっかりはまってしまった。落として飲むという行為によって、意外とおいしいコーヒーができるのだ、ということを学習してしまった。お店屋さんに行って購入するものはだんだん同じ値段でも量が減ってきているし。

結果、私の中で財布に優しい文化が一つ形成された。この応用編として、玄米を食べるなども少しずつ行ってみている。体を大切にすることは結果として自分に返ってくる。ムリは禁物という年齢にさしかかってきている。
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命の洗濯 [超個人的感想]

つかの間のひとときを使い、紅葉を見に行った。仕事ばかりでそれが生活の一部という状態でいると、こういうこともできなかったが、いつからは気晴らしができるようになったのは良かった。旅に出たり、山に登ったりというのは、自分の引き出しができるのでいいことだと思う。

たまにはこういう生活もいいものだ。歩く距離がどんどん伸びていて、気がついたら、20キロ以上歩くことが増えてきている。来年もこの生活ができるよう、冬もトレーニングだな。そういう刺激を得られる機会も大事にするようにしたい。

加えて言えば、どうやら、無趣味の人は、あんまり生徒受けしないということもあるようなので。何かにコアな人の方が会話が進むという側面にも最近気がついた。

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愛チャリ [超個人的感想]

大学時代に、東北を長く自転車旅行したことがあった。

新潟から山形、そして宮城県に。たかだか10日から足らずの旅だったが、それなりの楽しさがあった。教員になっても、今度は北海道でそれなりの距離を楽しんでいたが、さすがにずっとそうもいっていられなくなった。

自転車が数台あるので、自分の生活区域のところに1台ずつ、自転車を置いてあり、ときどき自転車を乗る環境だけは整えている。ただ、数年前、自転車で接触事故を起こしてからというもの、少し事故の不安を持つようになってから疎遠になってきた。環境に優しい自転車のニーズは今後も高くなるのかなと思いながら、台数が増えると事故が大丈夫かなという心配が募る。

昨日は誕生日であったが、誕生日が嬉しいという年齢でもなくなってきた。少しずつ、できることができなくなるという残念な話が出てくる。自転車をバンバン乗れなくなったのも、そういうことの1つではある。冬になれば、外ではなかなか楽しみにくくなる。自転車を楽しもうと思ってはいるが、安全に気を付ける基本的な対策はしなければならないようだ。
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yahooオークション [超個人的感想]

昨年度から今年度にかけて、かなりの荷物の整理を行った。整理と言うのは一生続くものなのだとは思うが・・・。

基本は捨てるということだが、使える物もまだまだ多く、世の中の他の人で必要とされるであろう人に使ってもらおうという意味合いで、オークションに出してみることにした。

最初はやり方があまりよくわかっていなかったこともあり、価格の適正さに書いていた所があったものの、世の中の人たちの必要性がわかってきたこともあり、それなりの金額で落札してもらえるようになってきた気がする。

言うまでもなく、働きながら、オークションで私物を出すとなれば、本務に影響が出ないようにしなければならないので、出す者の数はほどほどにして、少しずつ出す。この管理が上手くいけば、私にとっての必要な荷物はほどほどの量になるはずである。

最近、落札してもらえればラッキーという物を出し続けて、半年出し続けていたら、ついに落札者が現れた。世の中にはあるタイミングで見てくれる方が見てくれれば、引き取ってくれるのだなあと思った。荷物の整理の中で中古店も歩いたが、レアもので一年に一度見てくれるかどうかでもヒットするとそれなりの額になると推定されるものは、オークションでおおらかに落札者を待つということが有効だという事を学んだ。

オークションサイトの物流をよくよく見ていると、大手の中古屋さんはその方法で成果を上げていると思ったのでまねしてみたというだけの話なのだが・・・。
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北根室ランチウエイの思い出 [超個人的感想]

夏休み中の1番の挑戦は北根室ランチウエイを完歩したことであった。

時々メディアでも取り上げられている北根室ランチウエイを歩こうとなんとなく決めたのは今年の冬のことだった。図書館で借りた本に書かれていたことがきっかけで、新聞記事をみて思いを強くしたように思う。ホームページがあるのでコースはこちらを参照してもらいたい。
http://kiraway.net/

そこからトレーニングを限りある時間を見つけて走っていた。どうやら、モデルケースでは2泊3日を想定しているようなのだが、せっかくなので1泊2日で歩ききってみることを考えてみた。全長71キロのコースを6ステージに分割してあって、2ステージずつ3日で終了という台本を、3ステージずつ2日で終了とすることにしてみた。

6という数字は約数が多いので設定がしやすい。

スタート地点を中標津交通センターそばの駐車場として(それなりに止められる車の台数は多かった)、そこから歩くことに。

しかし、ここが1番のポイントだったが、ルートがなかなかわかりにくかった。どこの場所をどのように行くのか、地図をしっかりと印刷して、確認しながら進めるのだが、どのルートが正しいのかを把握するのが難しかったと思う。おそらく、運営されている方々もその辺は苦労されているのではないか。素敵な道しるべがいたるところにあるのが嬉しい。外国の方が歩いてもいいように、極力日本語は排除してデザインで勝負している標識なのだろうな、と思った。
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そこで地味に満ち迷いをしながら、町を離れていく。離れていけば、道は単純になるので、間違えようがないようになる。正確にこのルートを歩くのが1番難しいかもしれないと思った。道を作ってくださった方々に感謝しつつも、正確な道をそのままトレースすることはできなかった。あまりこだわりすぎずに、目の前に現れた道を歩くというのがいいのではないかな、と思う。ともかく、運営の方々が数十キロにも及ぶ道を整えてくださっているのには頭が下がった。
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1日目でつらかったことは、開陽台までの道のりと、アブの大群。特にアブの大群は、それなりに天気が良くなれば出てくる。天気が悪い方が良かったと思うくらいひどかった。この時期の虫への対策は本当にしっかりした方が良い。延べ数十万匹のアブがずっとつきまとっていた。もはや刺されること前提。ダメージが少なくなることばかり考え、後半は嫌気がさした。まあ、これも大自然と戯れているとあることだからと言い聞かせて、歩き通した。

あまり考えずに歩き始めて、いけるところまで行こうと思っていたが、第3ステージ終了時の養老牛温泉でギブアップ。たまたまそこにある宿泊施設の宿に空きがあったので、お金がかからない旅を考えていたが、ここは確実に完歩できることを考え、泊まることにした。

養老牛温泉は、その手の客もそれなりにいるだろうから、そこも踏まえた動きが可能である。とにかく温泉に入りまくって、体力の回復、服の洗濯、携帯電話の充電、水の補給、せっかく泊まるのでありとあらゆる準備をして1日を終えた。

2日目は、朝早い段階から宿を出た。朝早い方が、涼しいのでアブの大群に悩まされる時間が少なくてすむ。宿には朝早く出るからと話しておいたので、皆さん寝静まっている間に出てきてしまった。せっかくだから朝風呂に入ってきた。お金は前払いで払っておいたので問題なかろう。
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大きなチェックポイントから進む道が比較的迷いやすい。開始早々見事に迷い、行ったり来たりして、気がつけばかなり迂回してしまった。それを抜けると、比較的一本道に出る。第4ステージは長いロード。途中からまたアブの大群との戦いになった。アブを払っている時間が非常に長い。2時間近くアブを払っていると、摩周湖周辺の登山口に突入した。ここから天気が急変し、気温が15度程度になり、アブの大群が去った。

涼しくてアブがいない方が快適。様々な天候に対応できるように、荷物は温かいものも油断なく持参しておかないといけない。私自身は、元々はこちらの地方の人間なので、そのへんの想定は外してはいない。羽織る服を着て、トレッキングエリアに突入した。すでにスタートから60キロ以上歩いていた。ここで登山があるのが、この旅で体力的に1番きついところだったと思う。この旅の事前に登山をたくさんしておいて良かった。時間がかかっても、しっかりとゴールに向かって進むことができた。天気が悪くなったので、さすがに見ることができないかと思っていたが、霧の摩周湖。霧に包まれる道のりを進んだ。

ただ、第5ステージのクライマックスである摩周湖も時々顔をのぞかせ、見ることができた。
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第6ステージが終わってから車に戻るためには、ゴール地点のJR美留和駅から標茶駅に出て、そこからバスで中標津交通センターに戻らなければならない。時間が決まっているので、道を急いだ。歩いて進むことを決めていたが、仕方がないので途中少し走ることになった。第6ステージは摩周湖第1展望台から走って駅に移動して滑り込みセーフ。あまりゆとりがなかったが、どうにか行程を終え、中標津交通センターに戻り、無事、車中泊をすることができたのであった。

移動の際に地元の方にお話を伺ったが、地元ではこの取り組みのことはほとんど知られていて、それに対して、協力してくださる方がどれだけ出るかという段階のようであった。そこにはいろいろな方の生活もあるわけで、可能な限りの協力をいただくということで成立している面が大きい。地元の経済に貢献できるようなものになるまでになるのはまだまだ難しいのかなとは思ったが、この場所を知ってもらうという意味では意義はあると思う。いい場所になることにこれからも応援したい。

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気がつけば、道迷いしたこと、落とし物をしたことを含めて、2日間で歩いた距離は85キロを超えていた。71キロちょうどと思ってこのコースは歩かない方が良さそうだ。道もときどき変わるようなので、その辺も含めておおらかにこの道を楽しみたい。
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1人の時間 [超個人的感想]

夏休みが終わってしまう。

夏休み中には普段できないことをした。天気が悪くなかなかできなかったが、比較的長いウォーキングだったり、ハイキングだったり、登山だったりした。

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前半は進学講習、途中出張でかなり離れた場所に出かけた。戻ってきて、かねてから予定していた旅に出かけ、ついでに帰省したのであった。1人の時間は大事なもので、考えることに集中できると、リフレッシュも含めて新しい思考につながっていくものである。こうした1人でじっくり考える時間があるかどうかが、ステップアップには必要だと考えている。

気がつけば、去年から始めた登山が徐々にレベルアップした結果、このようなところに行くに至ってしまった。非日常の日々はしばらく保留。短い夏が終わり、秋、そして冬に向かっていく。
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キャリア教育の理屈と現実 [超個人的感想]

最近は、教員の職場環境についての話が少しずつネットに上がってくるようになってきた。

私も人のことは言えないと思っていたものだが、大学から入りたての人たちは私たちの世代とはまた感覚が違うようで、いろいろな形での考え方の違いが出てくることが増えた。

今の子たちは、流行の働くと言うことはどういうことなのかと言うことを、多少とは言え学んでいるので、そのへんの考え方がシビアなのかもしれない。もっとも、これは高校の現場とて同様であり、キャリア教育をやって当たり前という今だから特に目立つ。自分で価値基準を教えていて、場合によっては自分がその価値観から外れているのだから、どうしようもない。

結果、学校の活動自体を「ブラック企業のようである」という表現を使いながら評価するのである。それもまた滑稽。しかし、それ活動を強要していて、「それもまた人生」という方なのだから、教師の立ち位置も難しいし、生徒の受け止め方も難しいと言える。

まあ、とは言っても、そうしているうちに少しずつ社会は変容していくのだろう。例えば、かつてのような「生徒のために」という伝家の宝刀があれば、教師は動かないはずがないというのは幻想になりつつある。管理職は何かと「生徒のためだから」という言葉を多用しながら仕事をやんわりと強要する管理職に「他に言うことはないのかね?」と思うほどである。しかし、お金が絡まないと生徒のためだろうが何だろうが、ぴくりとも動かない人たちが確実に増えてきているのだろう。どちらが正しいのかはわからない。しかし、時代の流れは明らかに後者優位に動いている。

3ヶ月が過ぎようとしている「例の授業」 [超個人的感想]

アクティブラーニング型授業を行って3ヶ月がたった。慣れない授業形態だが、我ながらよくやっている。

うまく教材研究に時間がかからないようにという話もあるので、そこも考えて授業しているが、部活動の大会でいなくなる生徒たちもいて、なかなか思い通りには進まない時期が長かった。

3ヶ月たつと、うまくいったケースとそうでないケースが出てくるので、やってみないとわからないものだ、という話にもなる。勤務校の先生方ものべ20人ほどの先生が見に来てくれたので、校内的にもそれなりの刺激にはなったかもしれない。ただ、刺激になっただけでは何の意味もない。

「生徒が寝ない授業」というのはそのまま継続している。ただ、モチベーションが落ちると、どうしても雑談が始まってしまうところはある。ダメと良いの線引きがそれなりにある。「雰囲気を大事にする」ということもあるので、ここまではそれほどダメダメ言わなかったが、成績がそれなりに出てきたら、また違った心境が出てくるかもしれない。まさしく教員と生徒たちの相互作用によって成立している生きた授業である。

日本で一番うまい授業を見ていれば、別に学校に行かなくても良いということが言われ始めたときに、学校が学校としての存在意義はなくなってしまう。そうでない価値を生み出すとしたら、そこにいる人たちとのリアルタイムでのやりとりが不可欠であるはずである。そこには「お互いの向上心を持って良い授業を成立させたい」という願いと、人間ならではの「できたら楽をしたい」という思いが行ったり来たりしている。どちらが強いのか、性善説か性悪説か、その二者択一の話なのかもしれない。当初とはまた違う、緊張感がほどほどに解けた3ヶ月後にそんなことを思いながら、一定の成果が問われる試験1週間前を迎えている。
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