So-net無料ブログ作成

時間割担当、終わる [勤務校関連]

時間割担当が終わった。来年度からは、「パソコンの中の住人」ではなく、外に出られるようになった。

一般的に、世の中の仕事は、「現状維持型」か「何か改善する型」ということになる。

「現状維持型」は何を改善するでもなく、今までのことを維持して新しいことは一切やらない。楽な方法である。しかし、時代が変化すると、変わらざるをえないが、その認識を持っていても「あえてやらない」ことを含んでいる。

「改善する型」はそのがタイを整理し、次の人に不具合がないようにして仕事を渡すということが含まれている。しかし、そこには、ご意見を承る、すなわち変化を望まない人たちからの反発や「面倒くさい」「意味わからない」などの反発を受け止めてでもしなければならないという信念めいたものが必要である。私は結局後者なので、いちいちそのようなご意見を受け止めなければならない。

結局時間割を組んだのは2年間だったが、そのに年間とも、時間割ソフトが変更になったので(1年目はマニュアルすらなかったので触って、見よう見まねでやったので自学自習、おまけに引き継ぎなし)、命がなくなるかと思ったが、どうにかクリアし、2年目は新しい時間割を入れて、次の人への受け渡しを行うために難易度の高い作業を簡単にし、この仕事を特殊業務ではなく、一般ピープルでもできるように難易度を下げた。正直、この作業への変更は、「革命に近い」と勝手に思っているが、まあ、このことを言って理解できる勤務校の人はいない・・・。自分で自分を褒めるしかないという、なんだか悲しい話である。

併せて、体調面での課題も多かった。体調の変わり目の時期だったのだろうが、体調はすぐれず、病院のお世話になることも多かった。気持ちが長続きせず、放浪の旅に出ることも多かった。これからの人生に向けて、少し生き方の整理もした。片付けやら、離島巡りやらして、どうにか気持ちを維持してきた。


そうこうしながら、この2年間が終わろうとしている。新しい時間割担当の先生は稼働している。そして新しい仕事が待っている。

今度の仕事は現状維持なのか、攻めるのか、考えあぐねているが、たぶん攻める気がしている。攻め手も攻められるだけなのであまり良いことはないが、性格の問題なのかもしれない。この性格も直さないともたない。

来年度は、いよいよ先日とった教員免許状「情報」の免許を使った授業をすることになる。この年で新境地に向かう1年、かなり心配だが、自分で選んだ道だ。次年度も無理しない程度に進んでいきたいと思う。年齢が上がることに無理せず、できることをしていきたいと思う。それしかしようがないのだが。
nice!(11)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学校

参考書は授業解説には向かない [教科(数学)指導者として]

学校で採用する参考書と問題集のパターンはいくつかあるようだが、
①教科書傍用問題集のみ、
②参考書のみ、
③教科書傍用問題集と参考書どちらも持たせる、
というのが大きなパターンのようである。これについては、地域差、公立と私立などの事情もあるようで興味深い。教科書傍用問題集についても、解答を持たせる、解答を持たせないという2種類に分かれるようである。

最近、青チャートを解き始めた私としては、ときどきtwitterに備忘録的に感想を書くことにしているが、それとは別に、そもそも、授業の中で解説されているものを解説すると言うことをやったことがあるが、結局解説に書いてあることを解説しても、あまり意味をなさないという、言ってみれば当たり前のど真ん中のことに気がついただけで、時間の浪費をしてしまったことがあることを思い出した。

授業内で参考書の問題の解説をすることは、書いてあることを今更言っても意味をなさない。もっとも、書かれている内容自体が理解できない人たちにとっては意味がある場合があるのかもしれない。4ステップの解説がわからないという生徒がいるのは残念なことではあるが、解答・解説というものは、与えられた紙面の中に押し込めなければならないという意味において、それ自体の課題もあるという中では、やむを得ないところなのかも知れない。あるいは、青チャートを買えば理解できるということで、青チャートを買わせるということも念頭にあるとそうなってしまう、ということなのかも知れない。その青チャートが学校単位で買わせると言うことになれば、辞書的に扱われるという位置づけにならざるを得ないだろう。

③では、辞書的に扱われ、長期休みで課題として出され、長期休み明けに確認試験をするというケースが多いようである。自学自習の姿勢を養うと言うことであれば、それは大いに意味があるであろう。結局のところ、自分で学んで自分で読んで理解できない参考書はあまり取り組んでも意味がない、という帰結になる。わかった気になりたいから参考書を購入すると言うことでなく、自分の身の丈に合った参考書で確実な線で参考書を持てれば、それにこいたことはないが、学校が見栄を張ってレベルの高い参考書を買わせて、結局生徒の実情に合わない参考書を持たせるケースもあるようだ。お金の無駄遣いをさせる学校が残念ながらあるという現実にも目をやらないといけないだろう。
nice!(16)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学校

指導者には集冊版よりもノートの方が良い [教科(数学)指導者として]

4STEPを使っていたが、改訂される時期を迎えてしまった。問題の差し替えが起こるシーズンに、解くべきか解かざるべきか、とても悩んでいる。前回は、B問題以降をだいたい全部といたが、さすがに少し面倒くさい。同じ問題も多い(というかほとんど)だろうし。

現在、そこそこの学校で行っている問題集のかなりのシェアを握っているのは4STEPである。この問題集の学び方として、集冊版で学ぶ方法とノートで学ぶ方法があり、ノートが出たときにはノートがはやった感があったが、それもひと段落して、ノート派と集冊版派がいる。

普段数学を指導する中では、ノート版に解答を書いた関係からノート版を使って解説をしている。とは言え、集冊版もきちんと所持しており、ケースバイケースで使えるようにはしてある。

どちらも持っていないことにはどちらの方が良いという話を論ずることは難しい。

その上で思うのは、指導する側としては、ノート版の方が便利ではないか、と言うことである。なぜなら、別解をたくさん書き込むことができるからである。もっとも、たくさんありすぎる場合には、その解答スペースでもさらに「足りない」と言うことが起こるわけではあるが。そのときには、さらに紙を貼って付け足したりしていた。生徒の解答の名作もこの中には貼っておいた。


さて、4STEPから派生するのは、相性が良いと言われている青チャートの存在である。
見た目は同じようなもののように見えるが、易しい問題を飛ばしてでも、今年1年かけて、青チャート、解いてみようかな、と少し思っている。その問題を見ながら、他の参考書との比較などやってみるのも一興かもしれない。こちらも最近改訂がかかったのでタイミングとしては良かろう。

青チャートの集冊版はこちら


青チャートのノート版はこちら


nice!(18)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学校