So-net無料ブログ作成
検索選択
前の5件 | -

時間割担当、終わる [勤務校関連]

時間割担当が終わった。来年度からは、「パソコンの中の住人」ではなく、外に出られるようになった。

一般的に、世の中の仕事は、「現状維持型」か「何か改善する型」ということになる。

「現状維持型」は何を改善するでもなく、今までのことを維持して新しいことは一切やらない。楽な方法である。しかし、時代が変化すると、変わらざるを金井が、その認識を持っていても「あえてやらない」ことを含んでいる。

「改善する型」はそのがタイを整理し、次の人に不具合がないようにして仕事を渡すということが含まれている。しかし、そこには、ご意見を承る、すなわち変化を望まない人たちからの反発や「面倒くさい」「意味わからない」などの反発を受け止めてでもしなければならないという信念めいたものが必要である。私は結局後者なので、いちいちそのようなご意見を受け止めなければならない。

結局時間割を組んだのは2年間だったが、そのに年間とも、時間割ソフトが変更になったので(①年目はマニュアルすらなかったので触って、見よう見まねでやったので自学自習、おまけに引き継ぎなし)、命がなくなるかと思ったが、どうにかクリアし、2年目は新しい時間割を入れて、次の人への受け渡しを行うために難易度の高い作業を簡単にし、この仕事を特殊業務ではなく、一般ピープルでもできるように難易度を下げた。正直、この作業への変更は、「革命に近い」と勝手に思っているが、まあ、このことを言って理解できる勤務校の人はいない・・・。自分で自分を褒めるしかないという、なんだか悲しい話である。

併せて、体調面での課題も多かった。体調の変わり目の時期だったのだろうが、体調はすぐれず、病院のお世話になることも多かった。気持ちが長続きせず、放浪の旅に出ることも多かった。これからの人生に向けて、少し生き方の整理もした。片付けやら、離島巡りやらして、どうにか気持ちを維持してきた。


そうこうしながら、この2年間が終わろうとしている。新しい時間割担当の先生は稼働している。そして新しい仕事が待っている。

今度の仕事は現状維持なのか、攻めるのか、考えあぐねているが、たぶん攻める気がしている。攻め手も攻められるだけなのであまり良いことはないが、性格の問題なのかもしれない。この性格も直さないともたない。

来年度は、いよいよ先日とった教員免許状「情報」の免許を使った授業をすることになる。この年で新境地に向かう1年、かなり心配だが、自分で選んだ道だ。次年度も無理しない程度に進んでいきたいと思う。年齢が上がることに無理せず、できることをしていきたいと思う。それしかしようがないのだが。
nice!(8)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学校

参考書は授業解説には向かない [教科(数学)指導者として]

学校で採用する参考書と問題集のパターンはいくつかあるようだが、
①教科書傍用問題集のみ、
②参考書のみ、
③教科書傍用問題集と参考書どちらも持たせる、
というのが大きなパターンのようである。これについては、地域差、公立と私立などの事情もあるようで興味深い。教科書傍用問題集についても、解答を持たせる、解答を持たせないという2種類に分かれるようである。

最近、青チャートを解き始めた私としては、ときどきtwitterに備忘録的に感想を書くことにしているが、それとは別に、そもそも、授業の中で解説されているものを解説すると言うことをやったことがあるが、結局解説に書いてあることを解説しても、あまり意味をなさないという、言ってみれば当たり前のど真ん中のことに気がついただけで、時間の浪費をしてしまったことがあることを思い出した。

授業内で参考書の問題の解説をすることは、書いてあることを今更言っても意味をなさない。もっとも、書かれている内容自体が理解できない人たちにとっては意味がある場合があるのかもしれない。4ステップの解説がわからないという生徒がいるのは残念なことではあるが、解答・解説というものは、与えられた紙面の中に押し込めなければならないという意味において、それ自体の課題もあるという中では、やむを得ないところなのかも知れない。あるいは、青チャートを買えば理解できるということで、青チャートを買わせるということも念頭にあるとそうなってしまう、ということなのかも知れない。その青チャートが学校単位で買わせると言うことになれば、辞書的に扱われるという位置づけにならざるを得ないだろう。

③では、辞書的に扱われ、長期休みで課題として出され、長期休み明けに確認試験をするというケースが多いようである。自学自習の姿勢を養うと言うことであれば、それは大いに意味があるであろう。結局のところ、自分で学んで自分で読んで理解できない参考書はあまり取り組んでも意味がない、という帰結になる。わかった気になりたいから参考書を購入すると言うことでなく、自分の身の丈に合った参考書で確実な線で参考書を持てれば、それにこいたことはないが、学校が見栄を張ってレベルの高い参考書を買わせて、結局生徒の実情に合わない参考書を持たせるケースもあるようだ。お金の無駄遣いをさせる学校が残念ながらあるという現実にも目をやらないといけないだろう。
nice!(16)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学校

指導者には集冊版よりもノートの方が良い [教科(数学)指導者として]

4STEPを使っていたが、改訂される時期を迎えてしまった。問題の差し替えが起こるシーズンに、解くべきか解かざるべきか、とても悩んでいる。前回は、B問題以降をだいたい全部といたが、さすがに少し面倒くさい。同じ問題も多い(というかほとんど)だろうし。

現在、そこそこの学校で行っている問題集のかなりのシェアを握っているのは4STEPである。この問題集の学び方として、集冊版で学ぶ方法とノートで学ぶ方法があり、ノートが出たときにはノートがはやった感があったが、それもひと段落して、ノート派と集冊版派がいる。

普段数学を指導する中では、ノート版に解答を書いた関係からノート版を使って解説をしている。とは言え、集冊版もきちんと所持しており、ケースバイケースで使えるようにはしてある。

どちらも持っていないことにはどちらの方が良いという話を論ずることは難しい。

その上で思うのは、指導する側としては、ノート版の方が便利ではないか、と言うことである。なぜなら、別解をたくさん書き込むことができるからである。もっとも、たくさんありすぎる場合には、その解答スペースでもさらに「足りない」と言うことが起こるわけではあるが。そのときには、さらに紙を貼って付け足したりしていた。生徒の解答の名作もこの中には貼っておいた。


さて、4STEPから派生するのは、相性が良いと言われている青チャートの存在である。
見た目は同じようなもののように見えるが、易しい問題を飛ばしてでも、今年1年かけて、青チャート、解いてみようかな、と少し思っている。その問題を見ながら、他の参考書との比較などやってみるのも一興かもしれない。こちらも最近改訂がかかったのでタイミングとしては良かろう。

青チャートの集冊版はこちら


青チャートのノート版はこちら


nice!(18)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学校

EDuPAというサイト [教科(数学)指導者として]

すごいサイトを見つけた。

参考書のことを調べていたところ、私が行き当たったのが「数学Ⅲについて学べるサイト」であったが、それを超えるコンテンツ量。このサイトのコンテンツと作ろうと思った方々のスピリットが素晴らしいと感じた。「思い」がないとこのサイトを作ることができない。

もちろん、すべて見たわけではないが、コンテンツは高校数学のかなりの部分を網羅しているように感じた。これで、数学Ⅲの学習はばっちりかな。しかも、解説されている方が、あの長岡先生である。すごいことだと思う。

ということなのですかさずこのブログにリンクを張らせていただいた。ときどき見ることで私自身の学びにもつなげていきたいと思った。
nice!(13)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学校

学ぶための場所 [超個人的感想]

場所によって「勉強がはかどらない」という人もいる。聞くと、寝床が近くにあるとどうしても寝てしまうと言うことであった。けっこう聞く、この悩み。人はどこで学ぶと良いのだろう。ふと考えてみる。

家では勉強できないという人が、登校して勉強をする。休日に学校に登校する人の大きな理由の1つがそれなのかもしれない。図書館で勉強する人もそういった理由かもしれない。そういう意味でも、万人にとって学ぶための場所がどこなのかと言うことは重要と考えているのだと思う。

別の観点もある。家が一番はかどるという人にとっては、家にいることによってかかるお金も考えるケースがあるのかもしれない。冬場の暖房費や、夏場のエアコン代は家計の圧迫になることもあるだろうからなおさらであろう。

余裕があれば、都心に繰り出し、あえて雑然とした中で勉強をする場合もあるかもしれない。また、自習室を借りるということでお金を払う人もいるわけだから、直接的な学びの場を求める典型例だろう。その場合には、お金ではなく、場所をお金で買うと言うことになるだろう。大人であれば、学ぶための場所に行くためのガソリン代も考慮に入れる必要がある。わざわざ休日に旅行に行って勉強をする人もいるのかもしれない。

お金を払ってでも学びたいという気持ちは、させられてする時にはなかなか芽生えないものであるが、学ぶことが贅沢なことであるということに気がついたときに達する心境なのだろう。生きることは学ぶこと。人間の欲求の1つとして、学ぶと言うことにもっとスポットが当たってもいいと思う。そして、学生は学校という学びの場所をもっと上手に使った方が良いとも。

たぶん、でも、当人は、そういう自覚がなかなか持てないでいる場合が圧倒的だ。

気がついたときには、お金を払って勉強し、勉強する場所を求めている。「自らすすんで学ぶ生徒」を歓迎するこの世の中は、大人の後悔からこの目標を定めているのかもしれない。
nice!(16)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学校
前の5件 | -